2011年10月31日

GreanCreate) 滝口さんからのインタビュー

飲食関連の採用ウェブサイトの取材を受けました。パクチーハウスを作った経緯と意味から、僕の考えるtwitter/Facebook戦略、そして旅と平和の方向性について、ざっくばらんに語っています。1時間ぐらいありますのでぜひ聞き流してください。



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今後もいろいろな取材をコンテンツ化して公開していきます。

2011年10月21日

経堂マラソン

メドックマラソンを走った。ツイートしたこともあり、たくさんの人が面白がってくれた。そして、少なからぬ人数の人が、なぜか僕にこう言った。

「経堂マラソンとか、立ち上げちゃえば」

東京マラソンに落選した。昨年は、倍率が高いから仕方がないと思った。今年は、走るつもりでいるのに、大会の都合(抽選)で走れないってのはヤだなと思った。僕は走ることが楽しいと思っている。気分もいい。だからその日はいずれにしてもフルマラソンの距離を走ろうかなと思った。

「東京マラソンの会場は、ゼッケンなしでは走れないよね~」。パクチーハウスのスタッフののむっち(同じく抽選漏れ)と話していて、裏やればいいじゃないかという話になった。それだと思い、その瞬間にツイートし、発表した。

全く構想はなかったが、構想を固めるために、PAX Coworkingで毎週やっているJelly曜日のメンバープレゼンの順番が回ってきたので、この話をすることにした。そしてそのための資料を作っていたら、実現可能性が見えてきた。


話をしたらやっぱり楽しかった。途中で切れてしまったが、ustreamで録画した。


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PAX Coworkingのメンバーは、僕が語った真剣な冗談を、真摯に受け止めてくれた。しっかりとしたウェブを作るとか(滝口さん)、位置情報を使っていろいろな企画ができるとか、実況中継(カフーツの伊藤さんに頼む)するとか、ゲーム的に臨時給水所から呼び出しがかかるとか、アンドロイドとiPhoneアプリ作るとか(麻植さん)いろいろなアイデアが出た。ギズモードとデイリーポータルZ、ライフハッカーの記者に走ってもらおうとか、公式応援ソングを作るとかも。

走る人、応援する人、中継する人、たまたま通りかかった人、そしてその家族がみんなで楽しめるイベントになると思う。というわけで、頑張ります!

2011年10月18日

外食は旅だ

先日パクチーハウスに来られたお客さんから嬉しい言葉を頂いた。

「ここにいる人は飲食店に来ているとは思えないほど皆笑っている」

食事の場所には笑顔がほしい。家庭でも、学校でも、職場でも、レストランでも。会社員時代、自らの食事を"エサ"と呼ぶ人がいた。初めて聴いたときのショックは忘れられない。大学に入って一人暮らしを始めた日、一人で外食したことのない僕は店に入る勇気もなく、スーパーの前に出ていた屋台で広島風お好み焼きを買って下宿に戻って一人で食べた。その寂しさは想像を絶した。

一人旅をしている最中、他に旅人に会うこともなく、現地の人とも言葉が通じず、孤独な思いをしたことは何度もある。でも、食事の時間は楽しみだった。小さな町の路地裏などに数人でもお客さんがいる店に入る。メニューを見せてもらっても読めないか意味が分からないので、他のお客さんの食べているものを観察する。気に入ったらそれを注文、うーんと思ったら厨房に入れてもらい鍋の蓋を開ける。言葉も出ず、身振り手振りながらなんとか自分の注文を決めた頃には、僕はその店のスタッフともお客さんとも親しくなりかけている。好きな場所に座れと言われるが、一人で座ることは許されない。言葉も通じない人たちの、グループに加えられる。

毎度毎度、食事の時間は楽しい!と心から思えた。目の前に出された食事を恐る恐る口に運ぶと、周りの目は好奇心で満ちている。僕がそれを美味しいと感じたかそうでないかは、表情としぐさですぐわかるだろう。美味いといえば満面の笑みになるし、アレッという顔をしたら他のテーブルから別の料理が届けられたりする。そんな温かい歓迎で旅人の心は安らぐ。お腹が落ち着くと、会話が始まる...というか質問攻めだ。どこからかコミュニケーションに長けた人がやってきて、僕との会話を皆に説明する。周囲は何か言うたびに「オー」とか「ヤー」とか言っては笑っている。

僕がパクチーハウスを作るときに思い浮かべていたのはそんなシーンだ。パクチー料理という新しいジャンルを作るからには、注文するときにどんなものか分からないと楽しいだろうと考えた。注文の過程でさまざまなコミュニケーションを生みたいと思った。当初メニューブックを2冊しか置かなかったり、一部のメニューの写真を掲載しなかったのは、旅先でよく分からない注文をしたときのドキドキ感を味わってほしかったし、一緒に来た人とこれから出る料理について思いめぐらせてほしかったし、また、隣の席が美味しそうな料理を食べていたらメニューブックを見なくても指さして「それ」を注文してほしかったからだ。

パクチーハウスで、お客さんが見ず知らずの隣人に料理の感想を聞いたり、料理を勧めて分け合ったりしているのを見て、僕はいつも幸せな気分を感じている。ちょっとしたきっかけで会話をした後は、空気が和むし、食事の場がより一層楽しくなる。店のスタッフがお客さんを楽しませることも必要な要素だが、お客さん同士が気軽に話せる場所づくりがより重要だと考えている。日本の公共の場所ではほとんどそうでなくなっているけれど、"話かけてもいいコンセンサス"のある場所だと認識されたい。

パクチーハウスは、パクチー料理というほかにはない料理を出すことで、来ること自体を非日常的に感じてくれている人もいるだろう。知らない人と楽しく時間を過ごすのも、最初のうちは非日常的な特殊な出来事かもしれない。でも、僕は旅先で見つけたスゴイ瞬間を日本にそのまま持ち帰ることで、暗い日本社会を明るくしたいと思っているので、本当の狙いはお客さんが非日常と思って体験したことを、日常に持ちこんでくれることだ。せっかくお金をかけて外食するなら、食事に加えてもっといろいろなものを楽しんでほしい。

30年前に比べて、外食の機会は大幅に増えた。外食産業の成長という捉え方も一面ではできるが、作る手間を省くとかそういうケチな視点でとらえていては心が貧しくなる。外食は旅だ。そこには新たな発見がある。だから外食をすると、みんながすごく笑顔になる。パクチーハウスでもっともっとたくさんの笑顔を作って行きたい。

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2011年5月25日

被災地を訪問

17日から22日までの6日間、宮城県を訪れた。そして23日と24日の2日間で、関西を駆け巡った。前者は知りあいの大学教授からきっかけを頂きボランティアに参加、後者は祖母のお葬式に行きつつ"coworking三都物語"をしてきた。書くこと、話すべきことは山ほどあるが、無理がたたって風邪をひいたっぽいので、まずは行ってきたという報告のみ。写真だけはまずfacebookにアップロードするので、それを見てほしい。

短い感想として、南三陸町は他の人のレポートにもある通り、大変な状況だし、復興には相当長い時間がかかるだろう。ボランティアや募金などは減るだろうから、状況の改善に比して苦労されることと思う。避難所の人の逞しさには学ぶことが多い。そして、彼らのためにできることは膨大だ。機会を作って出かけることを強くオススメする。僕もまた訪れなければと思っている。

三陸は津波で破壊されたところと、そうでない部分がはっきり分かれていた。仙台も大きな面積が津波でのまれたのだが、その規模についてあまり知っている人がいなかったので、最終日僕は自分で見に行った。この1年朝ランをして距離に対する抵抗がどんどん薄れているので、止まっていた場所から海岸まで15kmということなので走ってみた。生死を分けたという東部有料道路をくぐると、田畑に車や船が転がっていた。海はまだ見えない。そこから誰もいない荒野を3.5km。災害の大きさをまさに実感した。そのエリアの往復で約45分ほどいたのだと思うが、脳みそがものすごい抵抗を示していた。震えていた。

では、また少しずつレポートできればと思います。パクチーハウスその他で、直接お話もしますので、遠慮なく連絡をください。

2011年5月15日

宮城県に行きます(17日~22日)

被災地支援のボランティアとして宮城県へ行くことに決めた。まずは17日から22日まで。

以前明治学院大学UCLAの学生向けの講義を依頼してくれた平山恵先生の紹介で、東北大学の上原鳴夫先生が行っている災害保険医療支援室のお手伝いをすることにした。仙台に入り、可能かつ必要であれば南三陸町へ行く予定。

ボランティアのマネジメントを依頼されている。いきなり行ってできることではないが、まず現地を訪れて、どのぐらいの時間を過ごせばそれが可能かを見極めたいと思っている。その上で、6月以降の再訪・再々訪についても考えようと思う。

また、情報の整理が大きな課題となっているようで、ウェブサイトの整備も必要とのこと。パクチーハウス株式会社旅と平和のウェブサイトを見て上原先生は僕のことを「そっち方面に強い人」と思ってくれたようだが、実際はそうでもないので、こちらはPAX CoworkingやJellyに出入りしている仲間に依頼しながら進めていければと思っている。これは東京でもできそうな仕事であるし。

3月11日以降、最初は自分たちや会社がどうすればいいのか分からないところから始め、できることをやりながら過ごしてきた。東北に友人は何人かいるものの、それほど縁がなく、それゆえ自分が直接の支援をするより東京で間接的に支援をして行こうと思っていたのだが、平山先生に「あなたのような経営者だからこそできる支援のマネジメントもある」と1週間前にメールをいただき、行くことを即決した。ただ、その後現地はかなり忙しいらしくやり取りがうまく行かず、ようやく昨日の夜になって確定した。

この体験を通じて今後、会社や店がどう社会や世界とかかわって行くかを決めることになるだろう。では、行ってきます。

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2011年5月 1日

東北関東大震災、募金の報告(4月) #smileat

3月11日の大震災以来、パクチーハウス東京では営業活動を続けながら募金を集めています。「追パクによる被災地支援」に始まり、「ワンドリンクfor東北」に参加。お客さまからも有志の募金をいただきつつ、ビール工場被災で琥珀ヱビスの入荷がなくなって以来、「祈・琥珀ヱビス復活募金」を始めました。

おかげさまで4月30日に琥珀ヱビスが再入荷され、「祈・琥珀ヱビス復活募金」は終了。本日からは「追パクによる被災地支援」とお客様からの募金を集めていきます。

4月の募金の集計が終わりましたので、報告させていただきます。

・お客様からの募金箱への募金(震災発生日~長期)
  4月分: 30208円(お客さまより)

追パクによる被災者支援(3/17~長期)
 追パク 226回
  22600円(お客さまより)
  22600円(パクチーハウスより)

祈・琥珀ヱビス復活募金(4/1~4/30復活の日)
 期間中の対象客数 1100人×89円
  89890円(パクチーハウスより)


4月の総募金額: 165298円
大震災以来の総募金額: 320905円


3月の募金の結果報告についてはこちらをご覧ください: http://paxihouse.com/index.php?itemid=1962


4月分をGW明けに「公益社団法人 Civic Force」に振り込みます。


募金の毎日の集計はこちらから確認できます: https://spreadsheets.google.com/spreadsheet/pub?hl=ja&hl=ja&key=0Ag7FG6fTDz5XdHdSdmk5eHdReENfbXp0RUl5Vm1LZnc&output=html

2011年4月 1日

東北関東大震災、募金の報告 #smileat

こんにちは、株式会社旅と平和・代表取締役の佐谷恭です。

3月11日に震災が起こって以来、弊社もいろいろな動きがありました。パクチーハウスはエレベータがなかなか動かず、安全面も考えて10日間閉鎖。うち7日間は用賀に臨時店舗を設けて営業をいたしました。鳥獣gigaは、冬眠中でイベントのみの営業を予定しておりましたが、そのほとんどはキャンセルし、店舗自体を閉鎖し引き払う事を決めました。PAX Coworkingはパクチーハウスの階上にあるため、パクチーハウスと同様10日間休業。その後復活のJellyを開催し、起業家や意欲あふれるビジネスマンと早期の復活を誓いました。

さて、そんな中でわれわれは、できること(=営業活動)をしつつ、その中で被災地に募金を集めることにしました。


震災から1カ月が経ち、「日常を取り戻しつつある」という感覚もあります。一方で、東北地方では復興の道のりが見えないのみならず、新たな悲しい事実も毎 日明らかにされています。計画停電や物資の不足など、これからもいろいろな問題に直面するでしょう。直接的な被害を受けていない我々は、経済復興に積極的 に寄与しつつ、被災地への金銭的支援を、できる限り長く続けて行きたいと思います。

3月末までの募金の集計が終わりましたのでここに報告させていただきます。


・お客様からの募金箱への募金(震災発生日~長期)
  67044円
 (3/25日に鳥獣gigaで行われた「洋食フライパンと鳥獣giga」のコラボパーティの際に、洋食フライパン様から頂いた募金額を含みます)

追パクによる被災者支援(3/17~長期)
 追パク 82回
  8200円(お客さまより)
  8200円(パクチーハウスより)

ワンドリンクfor東北#smileatプロジェクト(3/23~29)
 期間中の対象客数 210人×311円
  65310円(パクチーハウスより)

祈・琥珀ヱビス復活募金(3/30~琥珀ヱビス再生産開始までの予定)
 期間中の対象客数 77人×89円
  6853円(パクチーハウスより)


3月末までの総募金額: 155607円


この全額を、本日、「公益社団法人 Civic Force」に振り込みます。

今日以降集める募金についても、同様に取り扱う予定です。

2011年3月27日

追パク支援は当面継続

昨日も、パクチーハウスのカウンターにはいろいろな人が訪れた。相方が来るまでの時間を過ごした人もいたし、お一人で来た方も。食事の途中にテーブルから移動してきた2人組もいた。

僕を含め、なぜか広島に縁のある人が多かった。時節柄、大震災に関する話題を必ずすることになる。その瞬間の感想からその後に体験したことまで。それぞれの経験は異なるが、ほとんどの人が「時代の移り変わり」を意識している。

最初にカウンターに座った人は、震災の3日前に仕事で仙台にいたという。初めてその地に出張し、帰ったらその場所が波にのまれたのをテレビで見たと。最後に来たお客さんは、気仙沼視察からの帰り道に立ち寄ってくれた。撮ったばかりの動画を見せてもらい、その生々しさに驚いた。瓦礫の山がずっと続いていた。でも、見てきた本人曰く、そういう中で住民が、自分たちの生活を取り戻すためにもくもくと作業し続けているそうだ。

まだ行方不明の方もいる。311以前に戻るには、相当の時間を要するだろう。この2週間で、僕の周辺でもいろいろ支援のための動きがあった。募金の仕組みも作った。東京ではほとんど不便なことがないまま、それなりの日常を取り戻せている。

募金を集めているところがたくさんある。うちもそうだ。そして、その気持ちから、たくさんの寄付をしている人もいる。できることをする。そういう気持ちが集まって、成果は出ていると思う。でも、現地を見てきた人の話を聞きながら、映像を見て、こういう状況を忘れてはいけないし、こういう状況に慣れてもいけないと思った。1カ月もすれば、出し切ってしまうのではないか。それが心配だ。

飲食店経営の中で、いくつかの仕組みで募金を集めている。店も結構な負担になるが、それでも募金額としては大きな額にはならないのだなと、集計しながらいつも思っていた。昨日お客さんと話をしていて、問題にすべきは額ではないなと感じた。今月は募金のために追パクしてくれるひとも結構いる。でも、そういう人は徐々に減るだろうし、結果、集める額も減るだろう。でも、少なくとも継続し、被災地がまだ存在することを、現地から離れた場所でアピールする価値はあるだろう。

一年前に完全無料宣言までしてアピールした「追パク無料」だ。開店以来のパクチーハウスの特徴でもある。今回の地震は、東京にいても恐怖を感じた。そして被害の甚大さは日に日に明らかになって来ている。だから、一番の特徴の部分に義援金をつけるべきだろうなと思った。落ち着けばまた「完全無料」に戻そうと考えていたのだが、"落ち着く"の判断は、東京にいる僕らの気分で決めるべきではない。

パクチーハウスだから、追パクは無料であたりまえ、から、パクチーハウスだから追パクに義援金がついて当たり前という転換をしたことになる。期間は結構長くなるだろう。でも、これをすることで、僕らも、お客さんも、一番苦労している人に思いを馳せることができれば、それだけで意義がある。

最後にもう一つ。福島県にいる福島の農家さんに連絡しました。状況が分からないので、ご迷惑となるといけないので連絡を控えておりましたが、電話の回線状況も悪くなさそうでしたので。発信音が鳴ったときは嬉しかったし、すぐに「もしもし」と電話に出てくれ、ホッとしました。作物を採ったり、新たに播種することはまだ認められていないそうです。原発事故もあり、風評被害も今後大変そうです。検査を終えて安全を確保できるようになったときに連絡を頂くことになっています。福島の方が農家として復帰する瞬間から、取引をしたいと伝えておきました。

【関連リンク】
パクチーハウスの震災被災地支援について #smileat

2011年3月 4日

話題に入り込む

高校時代からの親友ちゃんぽんが、先日、日比谷線で偶然パクチーハウスの話題で盛り上がるグループに遭遇したそうだ。話しかけた上で、ツイッターでメッセージをくれた。

@paxi これから初めてパクチーハウスへ向かう方々と電車が一緒で、あまりにも楽しそうにパクチーの話をしているので、軽く会話に割り込んでしまいました。こういうの、楽しいね。原文

それから約1時間後、パクチーハウスに入ると楽しそうに会話していた5人組から話しかけられた。「オーナーですか? あなたの友人に電車で会いましたよ!」

聞いてみると、彼らは日比谷線で神谷町から霞が関の1駅だけ利用したそうだが、そこでちゃんぽんと場を共有した。


海外を旅していて、エレベータや電車で、気軽に声を掛け合う気持ちよさを何度も体験している。漠然と、誰とでも話せばいいというつもりはない。何らかの接点があった人が、自然に会話を交わすことは、あたりまえであってほしい。

相席を推奨するのもそのためだ。パクチーハウスは他店ではあまりないメニューやパクチーという強いキーワードを共有しているので、接点を持ちやすい。相席に"させられた"体験からその面白さと縁を感じ、次は進んでその縁を利用し、やがてパクチーハウス外でも「パクチーハウス的行動」をしてほしいと強く願っている。

電車に乗って、自分がお気に入りの本を読んでいる人が目の前にいたらどうだろう。その本について議論したら読書体験がより価値あるものになる。エレベータで押し黙ったまま階数表記をじっとにらみ続けるぐらいなら、にっこり笑ってはどうだろう。

多くの人が、ちょっとだけいつもと違う、より楽しい行動にトライするだけで、世の中はずいぶん変わると思う。Piece Of Peace。そして、旅人が平和を創る。

2010年10月15日

Peace Journalism 検討会

初めてのPeace Journalism検討会をPAX Coworkingで開催した。Peace Journalismという言葉は、6年前にブラッドフォード大学大学院(平和学専攻)の修士論文「旅と平和」を書いているときに見つけた概念。

先日、村田信一さんとトークライブをしているときに、村田さんの話を聞いて思いだし、なんらかの形で世の中に出したいと思い実行した。参加してくれたのは、村田信一さんのほか、ジャーナリスト系では牧さん、清治さん、パクチーハウスアルバイトの吉田君、当社社員の森田君の合計6人。

今すでにある報道の在り方を否定しても仕方がない。しかし、アンチの思想を持って、今の報道に加えてそれを補完する情報発信をすることは価値があると思う。村田さんが先日出した『パレスチナ 残照の聖地』(長崎出版、2010)について、小説やフィクションを読んでいて、読んでいるうちにいつの間にかそれまで関係なかった"かの地"に興味を持ってもらうという手法は面白いと思った。

途中からしか録画できなかったが、ustreamはりつけておきます。↓