2011年5月20日

仙台の夜

17日に仙台に来て以来、中心部の明るさは予想以上だったが、昨晩初めて友人と街中で飲んだことで、一人で歩いているだけでは分からなかったことに気づかされた。

強い震度で揺れたはずだが、今では何事もなかったように見える。しかし、布で覆われた仙台駅ははがれた外壁を補修しているし、模様のように見えた段差も震災でできたものという。多くのビルでガラスをつけなおしたということも歩きながらきいた。

以前飲食経営者の勉強会で会った方の店を訪れるとものすごい活気。でも、「これほどの活気のある店は震災後初めて見た」と友人。GWが明け、ようやく街にも人が出るようになったと言っていた。

飲んでいる途中で楽しそうに仕事をしている人と話したら「実家の手前まで津波が来て、昨日まで2カ月帰ってました。今日から復帰です」とか、「揺れた瞬間にいた友人の家は津波に飲まれました。すぐ逃げようと言った友人はすごい判断でしたね」とか、普通の顔で話してくれた。街の中心部に住んでいる人も、一泊だけ避難所に泊まってみた、とか。

ツイッターで仙台の方から、「先代も被災地であるという共通認識を捨てないで元気になっていくのは重要」とメッセージをいただいたが、その通りだと思った。本当に毎日いろいろな気づきがある。


トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://beemanet.com/movt/heavy_trab.cgi/697

コメントする