2008年7月31日

08年7月の読書記録

梅原勝彦『経常利益率35%超を37年続ける 町工場強さの理由 』(日本実業出版社、2008)
常識的な組織作りをしないことが、いかに勝てる企業を作るかが書かれている。管理するより自主性に任せるなど、僕自身がこれまで勤めた経験と今まさに作ろうと目指している環境とのギャップを説明してくれそうな話が満載である。

高杉良『青年社長〈上〉』(角川書店、2002)
高杉良『青年社長〈下〉』(角川書店、2002)
ワタミ社長をモデルにした小説。小さい頃からの目標を次々に実現している姿は壮観。同じようにまねることはできないが、意思決定の仕方や問題解決策を生み出す方法などで参考になることが多い。同社の動きが詳しく書かれている。経営をしていて直面するかもしれない問題を疑似体験できる。渡邉さんは幼い頃から社長になるという目標を決めていて、さすがというほかないが、そのメンタリティは大いに学ぶところがあるなぁ。

渡邉美樹『渡邉美樹のシゴト進化論』(日経BP社、2008)
会議のあり方、メディアの利用法などについて参考になる話が書いてあった。

てんつくマン『天国はつくるもの―天使と戦士に贈る詩』(クラブサンクチュアリ、2004)
一年ぐらい前にてんつくマンのことを知り、その後定期的に彼を知る人と出会っている。行動力と元お笑い芸人ならではの(?)言葉のセンスは見もの。

臼井宥文『3年で富裕層になる!―4000人の新世代リッチと会ってわかった方法』(ベストセラーズ、2008)
“新世代リッチ”が誕生している現状についてはよく分かったが、その分析については説得力が全くない。3年で富裕層になる方法論などあるわけがないが(層になるという言い方自体もおかしいと思うが)、しまいには宝くじやルーレットの話まで出てきて…。

夏川賀央『なぜ、仕事ができる人は残業をしないのか?』(ソフトバンククリエイティブ、2007)
著者が思う「仕事ができる人」の著書や発言を引用しているだけのように思える。ディテールに学べることはあるが、全体として大急ぎでまとめあげたアカデミック論文のような感じがした。


⇒過去の記録:
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2008年7月19日

変わらないことの価値

富士通人事同期のJが来パクしてくれた。お互い違う道を進んでおり、会うのも2年ぶりぐらいか。非常に懐かしかった。

しかし、彼は全然変わっていない。人事に関する本のベストセラーを何冊か出し、人事コンサルとして各所で講演などもしていてさぞかし立派になっていると思ったが、同期の僕から見ると全く変わっていない。話し方、発想などなど、川崎工場の食堂や武蔵中原の武蔵であーでもないこーでもないと語った時と同じだった。

といっても、相変わらずしょーもないヤツだというつもりはない。相変わらず面白いのだ。新卒で初めて入った富士通の研修中、ほとんど全ての人はエネルギーに満ちていて、面白かった。半年経ち、一年が経つと、多くの人は変わってしまった。それを「社会人としての成長」という人もいるだろう。しかし、必ずしも「人間としての成長」を意味しない気がした。

時が経つと、いろいろ状況が変わる。転職、結婚、子どもの誕生、などなど。そういう変化の中で自分のポリシーをいかに保つかというのは大切と思う。環境に適応する手だてとして、組織に自分をあわせて行く方法と、自分が合う組織を探したり作ったりする方法があると思うが、彼は後者で大成しつつあるのだろう。

一緒に来パクした仲間と楽しそうに笑っている横顔を見るだけでも、彼から学ぶところは大きかった。全然変わらないよな、お前はというと「お前も俺も昔から言いたいこと言って勝手にやってるだけだからな」。

次は一緒に飲もうぜ。

2008年7月13日

FM西東京「One World in 西東京」7/28、8/4 11:20

田無駅に初めて降りた。FM西東京の収録のため。先日に続いてローカルFM局に出演することになる。どれだけの人が聞いているのか全く分からないが、せっかくなので行ってみた。

パーソナリティーのほとんどがボランティアというこの局は、田無駅から車で10分ほどのところに小さなスタジオを持っていた。日曜日だからと言っていたが、ほとんど人がいない。パーソナリティーと音声(編集?)の人だけだったが、手際よくサクサクやってしまう。収録時間=放送時間だからあっという間に終わった。

学生時代に、関西のFM局・FM CoCoLoのパキスタンの番組「Dil Dil Pakistan」に出演したときのことを思い出した。小規模ゆえに味のある放送をしていた(今はどうなっているだろう?)。最近ラジオを聴く人が減っているようだし、いつも聞いている僕も基本的にJ-waveを流しっぱなしにしているだけだが、こういう地域の活動は今後益々重要性を増すだろう。というか、そうなれば世の中が面白くなる。

交通網が発達し週末に海外旅行にいけるし、世界中のいろいろな情報をインターネットで手に入れることができるが、そうして得た知恵は、自分が住むコミュニティーに活かしていかなければならない。多くの人にとって旅は特殊な経験ではなく、日常的な風景になりつつある今、すぐ近くにいる人のことをもっと大切にすべきだからだ。自分の周りを楽しくしないまま外ばかり見つめている人がいるとすれば、それは旅をしているのではなく、逃避をしているのだといえる。

さて、収録した番組。何も考えずにしゃべってしまったのでまとまりがなかった気がする。それでも、一人でも多くの人が、旅と平和やパクチーハウスに興味を持ってくれればなと思う。

放送日は、以下の通り。

7月28日(月) 11:20am~
8月4日(月) 11:20am~

それぞれ約20分間です。聞ける人は聞いてください。(僕自身、聞けない)

2008年7月10日

FM世田谷「オープンサロン834」 7/10 14:30~

今日は世田谷のローカルFM局(83.4MHz)の生中継がある。あと1時間を切った。どんな話をするのだろう。何分ぐらいなのだろう。FM世田谷のサイトを見ると「せたがやじ~ん」は30分間になっているが、まさかね…。

聞ける人限られていると思いますが(告知も遅いし、笑)、気づいた人は聞いてください。または、その時間にご来パク下されば、電波を通して話ができますよ。


今聞いたら、レポーターが経堂駅にいます…ドキドキ


(終了後追記)
番組名は「オープンサロン834」でした。金曜日の番組表見て間違ってた…。約20分話をしました。

2008年7月 9日

パクチーハウスを開いてよかった

店を持つことのメリットは大きい。これまでも約12年、インターネットで情報発信してきたが、その双方的効果は限られている。しかし、リアルな店を持ってから8カ月弱、ここには魅力的な人がどんどん飛び込んでくる。

今日は2人のお客さんと長いこと話をすることができた。2人とも僕よりだいぶ年下。一人は僕と慧ちゃんのちょうど間ぐらいの高校生。もう一人は28歳の青年。

どちらも自分が体験したことを深く考え、自らの行動に結びつけ、それを他人のために放出していこうと活動をしている。僕も会社のサイトの「創業の目的」のところに「自分以外の人のために生きる人たちを応援します」と書いているのだが、まさに今日会った2人はそういう人たちだ。

2008年7月 8日

“メディアが伝えたパクチーハウス”展

パクチーハウス東京では、店内の厨房と事務所以外のスペースをPieceOfPeaceプラザと呼んで、さまざまな旅人に貸し出しをしている。今回は自らで借りることにした。

「来るもの拒まず」で引き受け続けた取材がこれまでに約50件。同じような質問が繰り返されるのは仕方がないが、それぞれの記者(またはディレクターetc...)はそれぞれの視点を持っており、さまざまな切り口からパクチーハウスを捉えてくれた。取材を受ける体験は僕にたくさんのヒントをくれたし、取材された結果である記事や放送データは、いい記念になっている。

パクチーは単なる草ではなく、人と人とをつなぐメディアである。

こういい始めてからちょうど3年が過ぎた。最初は冗談、というかそれをビジネスにすることなど全く考えていなかったが、1年数カ月前にパクチーを「旅と平和の象徴」と定義づけた。そしてパクチーが僕のビジネスの最初の核となった。

これほど取材を受けることになるとは予想だにしなかった。パクチーはブームだそうだが、それで取り上げてみようという人が増えたのだからちょうどいい時期に店を開いたことになる。そして、同じネタで書くわけにもいかないからだろうが、取材内容が“パクチーの店紹介”から、その裏にあるコンセプトにシフトして来たのは嬉しい。事業展開を次々に考えねばならない。思う以上の速さで。

経堂・農大通り商店街僕の仕事は、旅と平和の概念を確立し、その知名度を上げることだ。“パクチー屋の人”から“旅と平和の代表”と、メディアでの紹介が変化して来た今、この変化の部分々々を捉えている資料をまとめて展示すると僕の中にも何かが見えてくるだろう。また、それをパクチーハウスに来たお客さんが順番に読んで「パクチーハウスでは食事するだけでなく、もっともっと楽しいことが起こりそうだ」と期待を抱いてくれればこんなに嬉しいことはない。その期待に応えるためのアイデアは、たくさん用意してある。

そして、この展示の最終日(今月27日)、これまで取材をしてくれた人を集めて交流パーティーをする予定だ。取材をしてくれた人がその後食べに来てくれることもあるが、ほとんどの人とは二度と会わないかもしれない。僕にとってはそれは非常に残念なことだ。これをなんとかしようということで思いついたのがこのパーティー。

忙しいだろうからどれだけの数の人たちがきてくれるかは分からないが、集まった人とは取材の効果や反響について話したりできるし、取材の時点から現状までの変化を伝えるいい機会になると思う。また、同じ時期に「パクチー」に注目した人たちが一堂に会し、それぞれの視点を共有するのも面白いと思う。このパーティーが成功すれば、「パクチーはメディアとメディアをつなぐメディアである」ということになるだろうか。

*このパーティーに参加したい方、是非ご連絡ください。一般の方々もOKです。

2008年7月 3日

東京FM「Another Door」 7/8 15:15~

ラジオの収録のため東京FMの古賀涼子さんが来パクした。

ラジオの人は話を聞くのがうまい。ものすごく話しやすいというのが毎回の感想だ。テレビはたくさんとっていいところを切り取るからか、矢継ぎ早に短い質問をし、方向性も前もって決められたものであることが多い。

取材のときは大抵、質問項目が前もって知らされるのだが、今回はそうではなかった。しかも、「最後に質問ですが…」と言って、即座には答えにくいようなものを出してきた! 古賀さんは「少し考えますか?」と言って、さっさと息子・慧のところへ遊びに言ってしまった…。15秒ほど考えたが、僕も遊んでいるところに参加。3分ほど経つと、「そろそろいいですよね」と。

まぁ、ぶっつけで話そうと思っていたところ、最初のお客さんまで入ってきて、余計に緊張してしまった。しかし、パクチーハウスについては思うトコロがきちんとあるので、この突然の質問のお陰で、いいまとめができたような気もする。何を言ったか気になる方は、

東京FM 80.0MHz 7月8日(火) 15:15~

を聞いてください。

2008年7月 2日

帰りました

妻子を連れて 東京→モスクワ→ソフィア→プラハ→タリン→モスクワ→東京 8日間の旅という強行軍。プライベートな用事に仕事をくっつけたこと、そして、行き先があまりメジャーどころではないため、飛行機の接続がよくなく、こういうスケジュールになってしまった。しかし、家族みな元気だし、短いながらかなり充実した旅となった。

店を一週間、スタッフに任せられたことも大きい。自分の力は知れているので人に任せる効果は大きいと頭ではわかりつつも、なかなか行動には移せない。今回はエストニアでの友人の結婚式参加という絶対に外せない用事をきっかけに、半ば無理矢理にそういう機会を作った。強引な社長ですみません…。でも、開店からずっといた場所から離れたことはいろいろなアイデアをもたらしてくれた。また、一緒に仕事をしてくれるメンバーもさまさまな課題を、次々にこなしてくれたようだ。この一週間はパクチーハウスおよび株式会社旅と平和の飛躍の第一歩になるだろう。

この旅の前後に、取材の依頼が数件入った。「パクチーハウスだけでなく…」というものが多く、ついに“旅と平和”をメディア露出させることができるか? そういえば旅行中に放送されたベイビーStyleでは、旅育のことに触れており、なかなかよかったという感想を数名からもらった。DVDが届くのはいつかな。楽しみだ。