2007年4月30日

07年4月の読書記録

1-3月は読んだ順に上から並んでいたが、今月からは読んでよかった/また読みたいものから順番に並べることにする。

奥野修司『満足死 寝たきりゼロの思想』(講談社、2007)
死を肯定的に捉える考え方には共感する。キューブラー・ロスの著作もいいが、この本は非常に身近で分かりやすかった。個の医療という言葉と、“障害のある人に尊厳を与えるのがリハビリ”という考え方に感銘を受けた。

友野典男『行動経済学 経済は「感情」で動いている』(光文社、2006)
新書なのに、かなりボリュームがある。心理学的な要素がいかに経済を考えるときに必要とされるかが分かりやすく書かれている。社会心理学を学んだ僕からすると、そういう要素を無視してできている経済学は不思議な学問だ。内容が充実しすぎてて読むのが大変だった…。

アジア太平洋資料センター(編)『徹底解剖100円ショップ―日常化するグローバリゼーション』(コモンズ、2004)
「安物買いの銭失い」。100円ショップに行くたびに感じること。でも、安さにはしばしば負けてしまう。安さの秘密を丁寧に取材した本。どうやって市場が作られるのか、その背景がよく分かる。この本の定価は1680円だが、100円で売ってこの事実を知らしめたらどうか。

クラウス・シュペネマン『男の子の躾け方―あるドイツ人からの提言』(光文社、1980)
妻の父から頂いた本。日本に住んでいるドイツ人が、祖国との比較をしながら子育てについて論じている。父親の育児参加や“子は親の鏡”など、言い尽くされていながらほとんどの人が実現できていないことが説得力を持って書かれている。子育てのハウツー本ではなく、文化論であり、日本人の道徳観について書かれた本。折に触れて読み返したい。

鈴木鎮一『幼児の才能教育』(光文社、1969)
これも頂いた本。僕が生まれる前に出た本だ。今では許されないような表現が使われており、時代の流れを感じた。しかし、子どもへの親の期待や、教育方法に関する悩みは、いつの時代も変わらないのだなぁ。具体例とともに幼児教育の成果を説明しているところが参考になった。

猪口ゆみ『おいしいもの、届けます!』(新潮社、2007)
元看護婦で、現在はセコムの食のバイヤーをしている女性の本。楽しい仕事をしているエネルギーにあふれる本。いい仕事をするかどうかは、それにめぐり合えるかどうか。そして、いい仕事にめぐり合うには、著者のように活動的であるべきと思う。

毛利子来『新版 赤ちゃんのいる暮らし』(筑摩書房、1990)
こういう医者がもっといるといい。育児情報が氾濫しているが、大抵は心配を煽る表現であふれている。赤ちゃんは飼育するものでなく、同じ人間として一緒に暮らす家族だという当然のことを確かめられるよい本。

鈴木秀則『いますぐはじめる ドロップシッピング』(ソーテック社、2006)
ld在職中にお世話になった人とのやり取りで知った“ドロップシッピング”という言葉。うまい仕組みを考えたものだと思う。この仕組み、きっと伸びるなぁ。流通の多様化と単純化をうまく実現している。興味アリ。

古川健介『新しいネットの稼ぎ方 ドロップシッピング成功術』(ソフトバンククリエイティブ、2006)
ドロップシッピングの内容と、DSPの比較がわかりやすい。しかし、文章に言い訳というか、不要な部分が多すぎるのは20代著者の特徴か。

宋文洲ほか『営業の思想―なぜ毎日「日報」を書くのですか?』(プレジデント社、2007)
宋文洲氏の本を読もうと思って間違えて借りた。宋氏の発言は、最初の数ページのみだった…。紛らわしい。営業の第一級の人を取材した本。営業力は経営力に直結するから、いろいろと参考になることも多かった。

北村充史『テレビは日本人を「バカ」にしたか?―大宅壮一と「一億総白痴化」の時代』(平凡社、2007)
テレビはその草創期から、人びとをアホにすると言われていたのか…。その傾向は増すばかり。それなのに、一度つけると消せないのはなんでだろう。この1ヶ月ぐらいは電源つけずに済んでいるが。僕にとってはあまり面白くなかった本。業界関係者は読むべきだろう。

原田和英『意外と知られていない SNSの謎を解く』(シーアンドアール研究所、2006)
3月に読んだSNSの本とほとんど同じ。同じ著者だからな。こちらの方が少しいいか。こういう新しい分野の本は、数カ月経つとすごく古くなる。

e-ビジネス推進委員会(編)『もう知らないでは済まされない SNSパワー活用の素』(イーグルパブリッシング、2006)
統一感のない編集。内容より、早く出版することが重視された結果だろう。

古屋蔵人/小田島等/乙一/森本晃司ほか『2027 ボヤボヤしてたら、すぐやってくる。2027年のお話。』(ブルース・インターアクションズ、2007)
イランの絵本を出版した出版社の本。この会社は変わった本をたくさん出しているが、その中でも特徴的と思う。誰が買うんだろう。いや、読む人が読めば面白いのかな? とにかく読みにくかった…。


⇒過去の記録:
 07年3月
 07年2月
 07年1月

2007年4月24日

株主募集

自分で事業を立ち上げると公言した2月以降、多くの人から事業内容について聞かれながら、明言を避けていました。4月になってから諸機関や支援団体、友人などに少しずつ打ち明けています。

IT系? ジャーナリスト系? コンサル?などと僕の事業を予想してくれる人もいましたが、そういうくくりではありません。そういう言い方で説明がつくのであれば聞かれたら答えたでしょう。しかし、僕がやろうとしていることには一般的な業種では言い表せない気がします。だから、自分のすべきことを何度も何度も図に書きました。最近になってようやく、理解してもらうために必要なことがA4一枚にまとまりました。それを描くために最初に鉛筆を持ってから、約5カ月が経っています。

ある人から「どういう事業をするの」と問われ、「(毎年恒例の)花見のようなものをイメージしてくれればいいですよ」と答えたときがありました。実はこれは冗談ではなく、大真面目な話です。

僕は同世代の起業家(このリンク先の7社のうち、知り合いが3人もいることは刺激になる!)のように、時代の流れを先取りしてニーズを汲み取ってビジネスを始めるような敏感さは持ち合わせていないと思います。2000年に富士通を辞めたとき、そういう面々の一員になりたいという気持ちが少なからずあって会社を飛び出したのですが、実力と気持ちが追いつかず、起業は自分の道ではないと思ったこともありました。でも、子どももでき“落ち着くべき年頃”という声が聞こえてきたこの時期に起業することを確定したのは、いままでしてきたことが蓄積し、大いなる自信になったからです。時代の流れを読むのはヘタかもしれませんが、誰も言い出さないことや思いつかないことをカタチにしたり、常識や理想論ということで片付けられてしまうことを追求し続けられるしつこさが僕にはあります。流れに乗るのは1つの手ですが、流れを作るというやり方が自分には向いているのではないかと思います。

20歳の頃から干支でひと回り。いろいろ思い悩みながらも好き勝手なことをしてきましたが、その中で得たアイデアをこれから事業化していきます。そして、自分はもっともっと面白いことをし、周りの人にも楽しんでもらいたいと考えています。

こんな“花見”的な僕の次の一手に興味のある人はいませんか? 僕の事業に株主として参加しれくれる方を募集します。一口10万円からと考えています。小さな額ではありませんが、お金を貸してほしいというわけではなく、投資をしてほしい。連絡を下されば、事業内容を説明しに行きます。5月から約2カ月の間、公的機関の起業支援コースで事業計画を専門家に見てもらうことに決まったので、会社設立は7月末または8月初旬の予定です。(いないと思うが)僕を知らない人からの投資は受けません。

これからエキサイティングな日々が始まります。ぜひ僕の計画を聞いて、応援してください。よろしくお願いします。


こちらもお読みください。

2007年4月22日

収穫祭2007

昨秋、日本パクチー狂会が種を渡した方の招きで、「2007パクチー収穫祭&PBQ@あきる野」を開催した。

天気予報はずっと雨だった。しかし、絶対に中止にしたくはなかったので、参加表明してくれた人に
 気象庁によると「雨が降るかも」という予報。
 しかし、ここが気象庁を信じるか、己を信じるかの分かれ目。
 日本パクチー狂会は後者です。
 晴れるのが「前提」。仮に雨が降っても「気にしない」。

というメールを送った。1カ月ほど前から日程調整してくれた人もいるので、中止にすることはあり得ないのだ。雨でもめげずに来てほしいというつもりで書いた文面だった。

収穫祭@あきる野2007前日から天気予報が突如好転。朝起きてみると太陽が出ていた。畑にみんながそろった時には日焼けを心配するほど。一番暑さが気になる収穫時には雲がかかった。なんていいタイミング。その後は時折太陽が出る、いい陽気だった。

晴れ男、晴れ女がそろったのだろう。せっかく自然に触れるのだから、晴れてほしいという思いが通じたというべきか。そろったメンバーを見て思ったのだが、晴れ男、晴れ女と言われる人の共通の特徴として、雨が降ってもめげないことがあげられる。つまり、たとえこういうイベントで雨が降っても、それならそれで楽しもうと思えるポジティブな人たちが晴れ男、晴れ女と呼ばれるのではないか。「天気は気から」なんて言葉はないが、不思議なもので「晴れろ」と思っていれば大抵そうなる。“気天”と呼んだほうがいいかも。

畑に生えているパクチーの5%ほどを収穫した。少し時期が遅かったので、残りは花が咲く寸前。しかし、その5%でも重量にして3-4kgあったと思う。たくさん食べられたし、種もたくさん採れそうだ!! 収穫の後は秋川沿いでPBQ。空気が澄んでいて気分は最高だった。自宅から約2時間でこんな素敵な場所に来れるとは! 頻繁に行きたいものだ。

収穫に招いてくれたのは、同地で有機農業を営む26歳の女性。それだけで生計を立てられているわけではないが、バイトもしながら頑張っている。久しぶりに土に触れた後、彼女の話を聞き、その志に感銘を受けた。パクチー狂会はこういう人を応援したい。

2007年4月19日

2カ月

慧が今日で2カ月。すくすくと育っている。

毎日うつぶせトレーニングして、首が強くなってきた。体重もどんどん増えている。1日に1回、地球が割れそうなほどの声で泣く。しかし、最も特徴的なのは、眼力じゃないかと思う。

最初に会ったとき「大きく見開いた目が印象的だった」から慧と名づけたのだが、彼の眼力はなかなかスゴイ。ほとんどの写真がカメラ目線なのだ。

今日は携帯でビデオを撮ってみた。「2-month-old baby boxercise」です。(音つき)


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ここを押せば再生されます。

2007年4月16日

成長のスピード

子育てを作業という観点から見ると、毎日同じことの繰り返しだ。まもなく誕生から2カ月が経つが、その間ほとんど同じことを続けている。

一方で、子どもはいろいろな反応をしている。毎日違うものを出してくる。手足の動きにバリエーションが出てくるし、発声の仕方もどんどん変わる。この前は泣き声が「R」の発音だった日があったし(つまり、うれぇぇぇぇぇーんという感じで泣いた)、今日は口から偶然「ぷ」の音が出て、自分で驚いていた。そんなわけで、毎日の作業に親は飽きることがないのである。

他の子の世話をしたことはないので、慧の成長がどんなスピードかは分からないが、子育て経験者の話を聞いていると、現在のところ少し大きめのようだ。昨日兄夫婦がハイローチェアを持ってきてくれたのだが、玄関入ったときに遠くから見て「小っちゃいねぇ」と言いながら近づいて来たのだが、抱えた途端「大きいねぇ」といいかえていた。

現在、約5600g。出生時の体重が3172gだからそれなりに大きくなっているのだが、同じサイズ服を着ているし、毎日見ているので、変化に気づきにくい。朝起きると、ひと回り大きくなっているような気がすることはよくあるが、「まさかそんなにねぇ」と結論づけるものだし。

いろいろ頂いた服などを整理していて、サイズ60(cm)の服が未使用なことに気づいた。ちょっと早いけど、着られなくなる前に出しておこうと思って着せると、なんとちょうどいいサイズだった。身長55cmといったところだから、やはり少し太いのか。

070416.jpg

だぶだぶの服を着せるといかにも乳児なのだが、写真のような格好をさせると、一気に“子ども”になったように見える。どんどん育ってるんだなー。そういえば、キミは、随分小さかったと今更思い出したよ。

2007年4月13日

強風につき、室内鯉のぼり

朝6時台に鯉のぼりを掲揚。

今日は風が強めで、鯉がいい感じにたなびくと期待したのだが…。

出かけている途中、連絡が入り「鯉のぼりのポールが倒れた」と。鯉がどこかへ飛んでいってしまっては困るので、早々に片付けてもらった。

慧と鯉のぼり

で、帰ってきたらこんなことして遊んでいた。飾れなくても楽しい鯉のぼりだ。尤も、楽しんでいるのは親だけでで、慧はよく分からないどころか、眠くて不機嫌そうであるが(^へ^)。

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2007年4月12日

五月人形と鯉のぼり

広島のじぃとばぁから頂いた「端午の節句」セットが届いたので、朝から組み立てをした。慧はまだよくわかっていないようだが、五月人形と鯉のぼりが完成すると、父は非常に感激した。いいねぇ、こういうのは。ありがとうございました!

段ボールを開けたり、組み立てたりで約2時間。こういう作業はウキウキするなぁ! マンション暮らしなのであまりスペースがないのだが、一角を無理矢理空けて鎧兜を置くと、サマになった。

鎧兜

夕方になると風が出てきて、鯉のぼりも元気に泳いでいた。明日から5月5日まで、朝起きたら鯉のぼりを掲揚する毎日だ。

鯉のぼり

2007年4月 8日

32の手習い

思うところあって、書を習い始めた。とりあえず、4回のみレッスンを受ける。

先生は、2年ほど前に知り合った人で、起業の準備をする過程でいろいろとアイデアをもらったり、体験談を話してもらったりしている人。初めて会ったときから直感でスゴイ人物だと感じており、接触の機会を積極的に持っていたのだが、約1年前に連絡が取れなくなってしまった。起業のプランを真剣に練り始めた昨年12月に、その人のことを思い出した。その直後に、偶然ばったりと再会したのである。

とはいえ、実はゆっくりと話をしたことがなく、3月の初めに連絡を取って時間を頂いたときにはじめて、自分の直感が正しかったことを確認した。そして、きっかけを作って定期的に会いたいと思い、彼に教えを乞うた。その人の書いた文字を少しだけ見たことがあったが、実はどの程度書を嗜んでいるのかは全く知らなかった。しかし、その書法が非常に印象深かったので、十何年ぶりに筆を持ったときに、墨の香りに心地よさを感じながら持った「もう少しうまく書きたい」という感情をその人にぶつけたのだった。今日、初めて先生の書歴を聞き、驚いた。厚かましいお願いをしたことを恥じている。しかし、それを先に知っていたらこういう機会を持つに至らなかったと思うので、幸運な状況の流れがあったということにしておきたい。

前回は先生の体験を聞かせてもらい大いなる勉強をさせてもらったが、今日は先生の心の持ち方の一端に触れさせてもらい、新たな感激を得た。特に印象に残ったのは、手本とする人・師匠についての質問をしたときに「歴史上のすべての書家がよき師匠であるのみならず、子どもが書いた落書さえもよいところを吸収して、自分のものにしようと努めている」という答えを頂いたこと。こうした謙虚な学びの姿勢を僕も持ちたい。

「心象舞跡」「書は心の舞である」。自分の描きたい線を描くためには鍛錬が必要だが、身につけるべきは技術だけではなく、表現を生み出す心が伴ってはじめて、いいものができるということなのだと思う。

2007年4月 7日

10周年、ありがとう

毎年恒例の花見がついに10周年を迎えた。京都から東京に越してきた98年4月に、各地から集まった新入社員同士で、何気なく飲み語ったのが始まり。そのときは恒例行事にするという意識は、もちろんなかったのだが。

年度が変わって最初の週末に、たくさんの人と出会い、話をするのはすごく有意義だ。しょっちゅう会っている人もいれば、数年ぶりの人もいるが、皆の元気な笑顔を見るのは嬉しい。幸せな気分になれる。主催者としては、腰を落ち着けて話すことはほとんどできないし、それでも名前すら聞けない人もいるのだが、自分が把握できないところでどんどん盛り上がるってのもいい。参加者は子どもを含め100人ぐらいか。来てくれた方々、本当にありがとうございました。

昨日印象に残ったことをいくつか。

子連れが激増した: 我が息子「慧」も華々しい公園デビューを果たしたのだが、2年ほど前から知り合いの出産ラッシュが始まっており、子育ての新人同士が直接情報交換できるよい機会ともなった。子どもたちがそれぞれの友達を誘って花見に来る日も近い。

連絡しなくても来てくれる人が増えた: モロッコの友人は携帯電話のメモリが消え、僕に連絡が取れなくなっていたという。でも「4月の第1土曜日」に代々木公園に行けば会えるはずだと、友人を誘って「当てずっぽうに」公園内をさまよった挙句、合流。他にも、この日をずっと心待ちにしていたと言ってくれる人がおり、主催者冥利に尽きる。

本人は来なくても友達を誘うというパターンも: 自分は夜からの合流となるということで、昼の部は友人のグループに先に花見に参加してもらうという新しいやり方もあった。連絡があったので案内すると、すぐに打ち解けてくれ、一緒に楽しめた。こうして人の輪が広がっていくのは素晴らしい。

来年も、10年後も、100年後もこの恒例行事は続きます。「4月の第1土曜日」。会社や学校など、別の単位での花見が重なってしまったら、ぜひグループごと参加してください。よろしくお願いします!

2007年4月 3日

これ、おもろい(○○風)

今はなきライブドア・ニュースはかつて、社内のことを書いているというので話題になったけど、それを一緒にやったY氏がリストラされた直後に、今度は外から書いている。なんだか時代の動きを感じる。

僕の方はというと、昨日・今日で退職後に必要な手続きをほぼ終わらせた。明日から本格始動する。