2007年3月31日

07年3月の読書記録

遠山正道『スープで、いきます 商社マンがSoup Stock Tokyoを作る』(新潮社、2006)
サラリーマンがこういう仕事のしかたをできるのか。「Soup Stock Tokyo」の立ち上げから現在までを、企画書も含めて書いてある本。この店に行ったことはないが、興味を持った。ポリシーのある店はすばらしい。

籏智優子『カフェをはじめてみませんか?』(柴田書店、2002)
図書館でたまたまみつけたカフェの作り方を事例とともに掲載している本。事例のほうはそれぞれのオーナーの心意気が伝わってきて面白い。作り方(cafe study)は、あまり参考にはならない。新版が出ているようだ。

箱田忠昭『いつも忙しい人、なぜか余裕のある人 最後に笑う人の時間管理術』(PHP研究所、2007)
時間管理について書かれた本は、それぞれ参考になることが多い。その要素を取り入れることでより多くの“仕事”をこなせるのも確かだろう。成功者が本を書いているので納得できる。(ただし、真に受けるとストイックすぎて、人生つまらなくなるのではと感じる) この本で面白いと思ったのは、時間泥棒と名づけているもの。すべきこととしての目標を掲げるだけでなく、しないこと・やめることのリストを作るという発想は参考になった。ついついやってしまうことがあるからねぇ。

マーサ・スタウト『良心をもたない人たち―25人に1人という恐怖』(草思社、2006)
「良心を持たない人」が心理学的にカテゴライズできる“症状”だというのが驚き。ただ、これを読んだことにより、人をサイコパスだと決め付ける人が出る危険性もある。

桂米朝『上方落語 桂米朝コレクション〈8〉美味礼賛』(筑摩書房、2003)
米朝2国間会議のニュース見て、この人を思い出したりして。本との出会いは人との出会いと同じぐらい不思議だ。こういう本を読むのは久しぶりだが、けっこう好きかも。小学校の頃初めて自主的に買った本は『日本のわらい話』だった気がする。落語は言葉を大切にしているので、交渉や営業力のヒントにもなると思う。

紙屋まさみ『「本気の扉」を開けば、なりたい自分になれる』(出版文化社、2003)
居酒屋甲子園に行くときに、たまたま数日前図書館から届いたこの本を持って出た。インドやヨガにインスピレーションを得た著者の本だが、大嶋さんの発言と驚くほど似ていた。面白い。

森見登美彦『太陽の塔』(新潮社、2006)
大学時代の僕の主たる行動範囲を舞台にした小説。そういう意味で懐かしさはあった。サークルのボックスなどにおいてある落書帳にありがちな文章。典型的京大生の生態と妄想。大学周辺で不毛な日々を過ごさぬと分からないような“専門用語”も含まれており、この地域に馴染みのない人は果たして楽しめるのだろうか。なぜこの本を、新潮社は出版したのか。ターゲットがごくごく限られているのかな。(読了してしまったという意味では見事にはめられてしまったのだが…)

藤原新也『黄泉の犬』(文藝春秋、2006)
著者の本はこれまで何度も人から勧められていたが、読んだのは初めて。オウム浅原の兄へのインタビューという点で注目された作品でもあるようだが、それよりも著者のインドでの体験とそれをもって現代日本の問題点を描いているところがスゴイ。

伊地知晋一『ブログ炎上 ~Web2.0時代のリスクとチャンス』(アスキー、2007)
元LD幹部の本ということで、敬意を表して立ち読み。最近のブログ事情が分かりやすく書かれていて、一読の価値はある。しかし再読の必要はなく、何と言うか、ネット上の文章にたとえると、面白いけど印刷してまで読む気がしない内容。最近、こういう本が多い。

伊藤公朗・美郷『ヒマラヤ音巡礼―シタールに魅せられて』(鳥影社、2002)
インド音楽の世界観を教えてくれる本。音楽を修行として捉え、それをつきつめているインドの人もすごいが、そこに何年も滞在してシタールを極めた著者のような人がいてくれてありがとう。信州在住らしい。一度演奏を聴きに行きたいな。

藤原新也『鉄輪』(新潮社、2000)
こういう本を読みたかった。最近読んだ小説はなんだか軟弱で、読み終わって得るものがほとんどないものが多かった。著者の17歳の時の体験を綴った自伝小説とのことだが、事実でもフィクションでもいいから、登場人物の心と考えがしっかりと織り込まれている作品を読みたいものだ。

藤原新也『空から恥が降る』(文藝春秋、2002)
この本を読んですっかり藤原新也のことが好きになった。いろいろなものを見ている人だけあって、懐の広さを感じる。どうしてこの人の本に、これまで出会わなかったのか。このタイミングで藤原新也に惹かれたのは何か意味があるんじゃないかと思う。

小倉陽子『アルファベット70音―5時間で学ぶ英語の発音』(文芸企画、2006)
片づけをしていたら出てきた、以前どこかで頂いた本。英語の“超発音記号”を提唱していて、例えばbestを「ベスト」ではなく「ベストゥ」と読めば通じるというようなことを主張している。英語を通じない理由を日本人はとにかく特定したがる。この本もその典型だ。こういう本が出続ける限り、日本人の英語は通じないんだと思い込む人が増えるだけだ。英語は通じるし、日本人の英語は世界でもレベルが高い。伝えたいことがあるならば、理解するまで説明し直せばいいのだし、どんな理由であれそれをしないということは、伝えたいことがないのだ。

原田和英『巨大人脈SNSのチカラ』(朝日新書、2007)
3年前にイギリスで何気なく書いていた事業計画が今で言うSNSに酷似していたことに気づき、また、新しく始める事業にSNSをどう活用するかを考えるため、SNSについて研究してみることにした。一応、mixiやgreeはベリーライトユーザーだが、機能を網羅的には利用していないので、SNSを俯瞰するのにこの本は役立った。ただ、脚注は余計なものが多い。まさに蛇足。

藤原正彦『国家の品格』(新潮社、2005)
話題になっている頃に図書館で予約したのだが、今頃来た(笑)。分かりやすいし、日本人の世界に対する貢献の仕方についての著者の意見に賛成。しかし、何でアレだけ売れたんだ?マスコミが第一の権力になっていると本書で述べられているが、そのマスコミのパワーで売れすぎてしまったんだろう。

⇒過去の記録:
 07年2月
 07年1月

2007年3月30日

さようなら、ライブドア

ライブドア最終出社日。ついに今日で終わりだ。もう六本木ヒルズに来ることはしばらくないだろう。

2年強、ここを拠点に働いていたが、ほぼ毎日取材でどこかに出かけていたので、六本木のランチ事情には疎いままだった。六本木ヒルズができて以降、この周辺は観光地化されてしまっており、値段に見合った食事を提供する店がほとんどないように思う。今日も昼ご飯をどうするかで悩んだ。

僕の少ない経験から、六本木周辺で納得できる店は4店舗だ(ランチのみ)。
・麻布十番「acave」:変わり石焼ビビンバの店。同じ店が六本木ヒルズノースタワーにもあるが、値段は高いしフレンドリーさが全然なくNG。行くなら麻布十番へ。いろいろな種類のお茶が選べ、飲み放題なのもいい。
・六本木「穴子拉麺 駄菓子屋」:あっさりしたダシと焼いた穴子の骨がうまい。柚子胡椒を少しいれて食べると絶品。丼と麺、点心セットで800円というのもこのあたりではリーズナブル。
・西麻布「祇園いの幸」:夜は高級料理屋。正午過ぎに行かないと魚料理がなくなっちゃうので、この1年はいく機会なしだった。残念。
・六本木「ラージマハル」:ヒルズに勤めるインド人に大人気の店。味もいいが、店長の人柄はもっといいと評判。ランチのドリンクではソルトラッシーがオススメ。

今日は結局、駄菓子屋を選んだ。1人だったし、あっさりとしたものが食べたかったから。この店は穴子で有名な宮島近辺にも出店すべきじゃないかと思う。当地での穴子飯の人気は高いが、敬遠する人も多いので。(先日、妻の実家に来ていた妻の妹の友達が「宮島でなに食べたい」との質問に「ラーメン」と言っていたというだけだが、笑)

この店の近くに今日、東京ミッドタウンがオープンしたので、ついでにのぞいてきた。僕はこういう大型商業施設は大嫌いなのだが、少し歩いた率直な感想としては、なかなか感じがよかった。六本木ヒルズの歩きにくさとは随分違う。僕は六本木ヒルズに始めて来た時(ライブドアに入ることすら思いもつかなかった頃だが)、“50年後の超巨大廃棄物”と名づけたぐらいだ。吹き抜けのショッピングエリアはかなり明るいし、大きな裏庭に桜が咲いているのもいい。あまり人がいないなら行ってもいいかな。

それにしても、ここがオープンする日に六本木ヒルズを離れるというのは不思議なものだ。ある意味、時代の潮流に乗っていると言えるのかもしれない。

ライブドアに入ったのも不思議な縁だな。イギリスに留学中に感じたことが、その根本にある。その当時、だんだんゼミに出席する人が少なくなって、英語で苦戦していた僕は意地で発表とかをしていた。日本のことを話すことが必然的に増えるわけで、最新の論調を知るために各新聞社の記事をネットで読んで、他国の学生にいろいろ説明しているとき、日本の新聞の右・左というのが何の意味もなさないことと、外国の新聞に比べて記事がしょぼいことを強く感じた。漠然とネットでニュースをやるとどうかなと思いながら帰国し、修士論文を書き上げたときに見つけた広告が、「ライブドア、ネットニュースの記者募集」だった。

「既存メディアを壊す」という堀江氏の言葉にひかれたわけではない(面白いこというな、とは思ったが)。ライブドアなんて怪しい会社だなと思いながらも、ライブドア・ニュースの立ち上げを実質一人でやっていた小田氏が、記者に必要であるはずの永続的な研修・教育について熱く語っていたことが、僕が他との比較もなしに入社を決意した理由でもある。「きちんとした取材をするには、その事象の背景を理解する必要があり、それには継続的な研修が不可欠。新聞社などは組織としてそれをする仕組みはなく、経済の知識のある経済記者が現実問題として少ないが、ライブドア・ニュースの記者にはそういう事実を踏まえて“身のある”記事を書いてもらう…」。この言葉に妙に納得したものだ。

入社直後は朝7時半にほとんど誰もいない六本木ヒルズに集合して、勉強会をしていたのを思い出す。1カ月ほど続けた後、「早く記事書いてPV上げろ!」みたいな会社からの要請で、突然記事を書くことを要求され、研修期間が終わった。深い取材をした長めの特集記事(こういうの)を1-2週に1本書いていくはずだった編集方針が、突如、「日々是原稿」に変わった瞬間でもあった。僕は意味も分からないまま、ライブドア・ニュース最初の記事を書いた。その後は、とにかく何らかのネタを探して、毎日どこかで取材することになった。

企業の広報などとのコミュニケーションを含め、取材源を少しずつ開拓しながらも、「とにかく今日も明日も原稿を書かねば」との思いで文字を埋める作業をしているうちに2年が過ぎた。途中、苦悩もあったが、ネタがなくとも何か文字列を残さねばとの義務感があり、実は暇な日ほど悩み、移動はダッシュで1日に3-4本も原稿を書く日の方が楽だった。

余裕がないまま、“ネットニュースのはしり”の誇りと大局観を、既存メディアの経験者任せにしてしまったことは、大いなる反省点である。報道記者としては経験が浅いので、“ギョーカイの常識”ではこれはNGかなと、勝手に遠慮してしまったことも多い。つまらぬことを繰り返していれば日々の業務として認められるので、その流れに甘んじることもあった。

「しょぼい」と思っていた日本の新聞社にライブドア・ニュースは発足以来全然相手にされないままで、このままではまずいと動き出したのはたったの半年前。06年秋のことだった。夏にデスク不在で“臨時デスク”という役割を担わせてもらったことを契機に、少しずつ提案を重ね、年末に編集長からリーダーとして率いていいよという許可を頂いた。07年1月、メンバーの意見吸い上げと独自性の発揮を試み始めた途端、部門が閉鎖になった。

無念である。しかし、この決定に不服を申し立てるほど、僕はライブドア・ニュースという組織を内外から魅力的なものには全くしていなかった。そして、リストラ退職の条件の“おいしさ”の方を選んだ。

最終出社日の今日、閉鎖された3部門の皆で打ち上げようという企画があったが、その場には約半数の12人しか集まらなかった。こういう日は、もしチームがきちんとできていれば、何があっても全員がそろうはずである。しかし、完全に部門ごとに分裂し、ほとんど仕事の接点をもたなかった総勢25人は、最後の日もそろうことはなかった。

各部門のデスク間の内紛に抗えなかったことは残念。一記者の立場でも、もっとできることはあったという後悔は先に立たなかった。僕自身のネットニュースへの挑戦はひとまずここで終わる。しかし、この過程で会った人との付き合いは、これから永続することだろう。志を一にすべきでありながら、そうする機会を持たなかった25人。それを何とかまとめようとしながらできずに組織は終わってしまったが、ライブドアなんて会社に入り、新しい分野を切り開こうと一瞬でも考えた勇士たちのつながりを作っていくことはできないかな、なんて思っている。

2007年3月26日

慧、上京!

ついに慧を、広島から東京に連れて帰ってきました。

慧、上京

新幹線ではずっと熟睡。一度授乳の際に起こしたが、またすぐに眠ってしまった。

品川に着く寸前に、大泣きを始めた。降りる人が荷物を持ってデッキに出るため、デッキと客室の間のドアは開きっぱなし。というわけで、母:美紀が迷惑をかけぬよう車両の端っこに行ったものの、2両分の人たちが慧の泣き声を聞いたのだった。自己主張強いな!

品川からタクシーで自宅へ。ここでもまた熟睡していた。タクシーは楽そうな気がするが、実際道が混んでいたりして却って疲れる気がする。なんやかんやで1時間もかかってしまった。

自宅には僕の両親が待機をしていてくれた。爺得意の鯛料理(タイ料理ではない)や赤飯で、慧の上京を祝った。しかし、慧は東京の初日、これまでと違う天井を見て大泣きしていた。マンションのほかの住人にも自己主張(笑)。

2007年3月24日

マネジメントゲーム(MG)

妻の父の勧めで、MGに挑戦。人数が4人以上いないとできないというので、高校時代の友人Kとその彼女を呼んだ。

MGというのは、ソニーで西順一郎氏という方が開発したそうだ。経営教育の1つで、ゲーム感覚で会社の仕組みについて学べる。同氏のサイトによると、「モノポリー」「人生ゲーム」「プレイボス」等をベースにしているという。

ゲームは材料を買って、工場で生産して、市場で売るという製造業をシミュレーションするような感じ。ただ、売り買いするだけではなく、1期ごとに決算し、自己資産が増えたか減ったか、赤字か黒字か、などをマトリックス会計を使って計算する。

時間があまりなく2期しかできなかった。1期目は練習ということで、みんなで同じ手順をたどり、ルールの説明を受けるとともに、マトリックス会計の表現方法を学んだ。2期目からが勝負。途中から皆、面白さが分かり、3期までやる意気込みだったが、決算の計算に手間取り実現できなかった。

それほど複雑なゲームではないので、利益の出し方をすぐに読むことができた結果、経常利益はトップ。自己資産も増やすことができた。しかし、皆がコツをつかんでからが勝負は面白くなると思う。やっぱり5期ぐらいはやりたかった。数字上はゲームの勝者とも言える成績だったが、決算には最も手間取ってしまった。表を読むのは得意でも、それを作るのが苦手という弱点を完全に露呈してしまった。

個人的には、いよいよ退職まで約1週間と迫り(すでに2カ月仕事していませんが ^v^)、これからゲームではない経営をする者として、数字に弱いでは済まされない。たまたま、マネジメント財務の通信教育を無料で受けられる機会にも恵まれたので、会社を興す目標の7月末まで勉強もしながら計画を練るつもりだ。マトリックス会計にも興味が出てきたので、MGをやる機会もまた作ってみようかな。

2007年3月23日

お宮参り

慧のお宮参りのため、広島・府中町の多家(埃宮)神社へ。よく晴れた気持ちのいい日だった。

お宮参り

お宮参りは生後32日前後に行くものらしい。だいたい1カ月後と思って、自分たちの都合を考慮して適当に日にちを選んだのだが、ジャスト32日目だった。しかも快晴。よかったね~。

他の多くの日本人と同じく、僕には神社に行く習慣はなかったのだが、子どもがいるとこういうイベントを通じて、古くからの慣わしを知ることになる。今後、子どもと楽しむために、正月もクリスマスもイードもノールーズもソンクランも便乗して祝うだろうと思う。でもその中で日本の行事だけは確実に押さえておきたい。子どもと一緒に楽しむことを通じて、地域や両親との関係を強化できるから。

多家神社での神事は神主が最初から最後まで1人で行ってくれた。まず最初に大きな太鼓をたたき、お祓いをしたり雅楽をi-podかなんかでかけたり…。そして1人の父親として、実体験に基づいた子育ての教訓を話してくれた。「子どもが扇風機を足で消したら…親の姿を見てますよ」など。一連の式典を慧は黙って聞いていた。静寂の中に、太鼓や金属がジャラジャラいう音が鳴り響いても、ずっと深く眠り続けていた…大物になりそうな予感。

2007年3月22日

神戸へ

19日から慧に会うため三度広島に滞在している。18きっぷが安くなっているのを利用し、神戸へ行ってきた。

目的は大きく4つ。2年半前に起業して順調に会社を成長させているJMに会うこと、うちより1カ月早く子どもを生んだMっちに会うこと、居酒屋甲子園のプレゼンで僕がベストだと思った「雑菜」を訪れること、そしてゆっくりと走る電車で旅をし思索をめぐらすことだ。

JMとは12年の付き合い。しかし、大学を卒業してからは会う頻度も少なく、ゆっくり語るチャンスがこれまでほとんどなかった。彼が起業後、ビジネスのために使うサイトを見たことはあったけど、背景にある工夫や努力については何もしらなかったので、いろいろ参考になる話が聞けた。ゆとりのある事務所とアルバイト社員への対応を見て、同じような道を歩む者として刺激を受けた。

Mっちとは11年の付き合いか。やはりここ数年は語ることができていなかった。同時期に子どもが生まれたってことで、今後子どもを介しての付き合いにもなるんじゃないかと期待する。うちより1カ月年上ということで、随分大きく見えたが、体重は全く一緒だった…。少し小さめなのかな、と思ったが、実は慧が“増えすぎ”らしい(帰ってから1カ月検診の結果を聞いて知った)。

「雑菜」にはJM夫妻に付き合ってもらった。居酒屋甲子園のインパクトがあまりに強く、DVDまで予約したのだが、ベスト6としてプレゼンしたうちで僕が最も印象深いと思ったこの店を表敬訪問することにしたのだ。居酒屋甲子園の決勝に出場した6店舗は、どこも気合系のプレゼンをしていたのでこの店の雰囲気も“気合”いっぱいだと思い込んでいたのだが、そうではなかった。一見普通。料理も特別すばらしいわけではない。店の人は“少し感じがいい”程度の印象。特徴を前面に押し出していない。そういう店が、700店強の中のベスト6に選ばれているというのは意外な気がした。しかし、この店はコース獲得率8割以上という、店のオペレーションにとっては非常に効果的な数字を達成しており、“さりげない”力に恐れ入る。新宿、渋谷などの居酒屋にロクデモナイ店が多く、そのほとんどが「当たり前のことができていない」ことで客を不快にさせているが、“気合”を内に秘めつつマイナスの印象をとことんまで排除することで、「雑菜」はリピート率も自然に上がっているのだろうか。

そして、18きっぷの旅。かなり久しぶりだ。広島→神戸は5時間弱ほどで、18きっぷの旅としてはそれほど長くない。ゆっくりと読書をすることと、途中下車が楽しみだったが、10年前とは変わり果てた街の姿に、いささか失望した。どこで途中下車をしても駅周りに失望させられる。コンビニエンスストアチェーンにより日本全国の“標準化”は、スローな旅人を失望させ、そういう旅をこの世からなくしてしまうだろう。また、岡山駅にも10年ぶりに降り立ったのだが、駅ビルには相当悩まされた。かつて見た岡山の風景はもはやない。京都駅でも、名古屋駅でも一緒じゃないか…。30分あった乗り換え時間でウロウロしようと思ったが、駅ビルから出ることすらほとんど困難だった。

スローな旅がつまらない。次々とスピードを速める新幹線の裏で、我々は何かとても大事なものを次々に失っている。コンビニは時々立ち寄るし、新幹線も今年になってから5往復ぐらい利用しており、非常に恩恵を受けているが、それが唯一の道だとしたら、非常に不幸だ。便利さの陰で次々にオプションを失っていることを危惧すべきだなぁと感じた

業務連絡

3月5日以降、ソフトバンクMの手違いで、携帯メール使えません。エラーメールが返ってこなくてもこちらには届きませんので…。

(4月11日、ようやく携帯メール復活!)

2007年3月21日

ついに10周年、4月7日はぜひ代々木公園へ

「桜の開花予想がどうなろうと、4月の第1土曜日にやる」、毎年恒例の花見。今年は4月7日です。

ついに10年目の開催となりました。午後1時に代々木公園の原宿門に集合です。飲み物と食べ物を、自分が必要と思う量の3倍持ってきてください。原宿駅周辺は極めて買い物がしにくいです。自慢の料理を披露したり、地元の商店街を発展させるチャンスだと思ってください。

また、10周年ということで、10人の友達をそれぞれ連れてきてください。そして、それぞれの友達に10人ずつ連れてくるように言ってみてください。最も影響力のある人は、100人ほど率いてくることになりますね――大丈夫です! 代々木公園は広い。


参加表明は絶対必要ではありませんが、してくれると主催者としては嬉しいです。mixiにコミュニティーもあります。

2007年3月16日

堀江実刑、それでもボクは…

堀江元社長の判決を聞きに東京地裁へ行った。しかし、抽選に外れた。63席に1679人が殺到。膨張希望者が多いのだから、どこかのホールでやるとか、中継するとかすべきと思う。裁判は公開されているのだ。普通のイベント企画者なら、客数を読んで会場を選ぶだろう。

と書きながら、どのぐらいの数の人がマスコミに雇われた抽選要員なんだろうとも思う。抽選終了後、東京地裁に近いアチコチで、列を作った集団を見た。外れても3000円程度のバイト代をもらえるようだ。当たったら1万円ぐらい出るのかな?

裁判の傍聴はできなかったが、同期のTくんやYさんに、1カ月半ぶりに会って話せたのは嬉しかった。それぞれまぁ、適当に新しい活動を始めている。その後、忙しそうなこの2人と別れ、ほかの3人と飯野ビルの喫茶店で数十分語った。

堀江元社長は2年6カ月の実刑だった。執行猶予なしとは厳しすぎるのでは、というのが率直な感想。否認して心証が悪いから執行猶予がつかないのだとしたら、恐ろしいことだ。他の元幹部の判決はどうなるのだろうか。逮捕後は仲違いしているが、もともと友達感覚でやっていたのだから、仲間として同様の判決を出すはずだ(どの程度親しかったとかは知らないが、サークル的ノリで経営が行われたのだと思うので=確証なし)。さて。

その後、渋谷で用事を2件すませ、話題の映画『それでもボクはやってない』を観に行った。取調べの状況って、ホントにあんななのだろうか。最近、いろいろな人がそうらしいと証言している。取調べの可視化は必要だなと思う。人目があれば、悪いことはしにくいだろう。今やってるかどうかは別として。

夜は、妻方の親戚の方と南インド料理屋「ダバ インディア」へ。南インド料理ってのは、非常にまろやかで食べやすい。美味しかった。ドーサが極小なのはガッカリ。「なんじゃこりゃ」というほど大きい、現地のドーサが懐かしい。

その方に、「バラナシに行きたいんだけど、その前に気分を高めたいから写真を撮ってきてくれ」と言われた(笑)。初めてインドに行ったときに、この地でガンジス河沿いにのべ10日ほど座っていたが、10枚ぐらいしか写真を撮っていないのだ。次にインドに行こうと思っているのは、慧が旅のことを覚えていられるぐらい大きくなっているであろう5年後。その前に呼ばれれば、行きますがね…。

2007年3月13日

居酒屋甲子園

ライブドア・ニュース記者として最後の取材に行った。場所はパシフィコ横浜。日本一の居酒屋を決める「居酒屋甲子園」決勝大会だ。

06年末から居酒屋の取材を始めた。あまりに満足度の低い店が多いという感想を長年個人的に持っているが、一方でごくたまに居心地のいい、気持ちのいい場所に出会うこともある。チェーン店にはマニュアルでしか動けない店員があふれ、“こだわりをもったオヤジ”がいる店がどんどん減っている。居酒屋と言う文化に誇りを持つ人たちを探し、特集記事で取り上げようと準備をしていた。

残念ながら、その記事を書くはずだった場所は消滅した。しかし、すでに予定していた取材にだけは行くことを決めた。記事を発表する場はなくとも、居酒屋についてのひと通りの取材を終わらせておきたかったから。

そんなわけで居酒屋界では名高い「てっぺん」の大嶋啓介社長に会い(2月9日)、今日は彼が主宰する「居酒屋甲子園」に行ったというわけだ。

大嶋さんという人は、終始にこやかで大変魅力的な人物だった。渋谷の東急ハンズに近いルノワールで、名刺交換の直後から靴を脱ぎ、ソファに胡坐をかいたのには少し驚いたが、全くイヤミを感じさせなかった。取材する側の僕がメモを取るためにノートを用意すると、される側であるはずの彼もノートを持ち、思いついたことや“いい質問”をどんどんメモしていく。アイデアをカタチにするために、常に臨戦態勢という感じだ。

居酒屋甲子園の理事長である彼は、パシフィコ横浜のホールで、開始前から客席をまわり、「来てくれて本当にありがとう」と声をかけていた。大会のほうはというと、倉敷天領太鼓で開会が宣言された後、昼食の時間もはさまずに、全国から選ばれた6店舗が、それぞれの魅力やこだわりについてプレゼンテーションをした。店の誕生秘話やそれぞれの思い、オーナーやメンバーの個人的な感謝の気持ちなど…プレゼンだけで5時間以上あったにもかかわらず、全く飽きが来なかった。こんな熱いイベントは見たこともない。そして閉会の挨拶で、5000人の聴衆を前に、ルノワールで僕1人を相手にしたときと同じように振舞う大嶋さんの姿にすっかり感銘を受けた。

舞台の上で発言した人たちは、僕が今までほとんど会ったことのないタイプの人たちだ。というか、稀にそういう人はいるが、そういう人が集まる場所に行き当たることがほとんどなかった。これまで見たことのあるクールな人がすべて格好悪く思えるほどの、エネルギーの塊がそこにあった。単にでかい声で張り上げているだけではなく、心のこもった言葉を発して行ける人たちがたくさんいた。

とても不思議で、魅力的な空間だった。夢を語り、感謝の気持ちを心から表すことで、自分たちのチームを作っていく。今日聞いた話は、これから僕が作るチーム作りに大いに参考になるものだった。


大嶋啓介『夢が叶う日めくり』

2007年3月 7日

ザリガニ発見

久しぶりに電車に乗らなかった日。自宅でさまざまな作業をこなし、午後3時ごろから春の日差しを浴びに外へ出た。川沿いに菜の花が咲いているのはいいとして、桜も咲いていた。これだけ暖かければねぇ。

図書館に行ってすぐに帰るつもりだったが、あまりに気持ちがいいので今まで通ったことのない道を歩いてみた。うちから10分ほどで行けるところに、すごく水の澄んだ池があった。湧水池だそうだ。よく見るとザリガニがたくさんいた。何年ぶりに見ただろう。すぐ近くにこんなところがあるとは驚きだった。東京も捨てたもんじゃない。

2007年3月 6日

(財)産業雇用安定センター

今日はリストラ社員対象のハローワーク説明会が会社であるという話があり、どうでもいいと思っていかないつもりだったが、「みんなと会えるんだから来なよ~」という人の強い勧めで、約1カ月ぶりに会社に行った。

驚くべきことに、その人は来てなかった…。二日酔いだって…。酔った勢いで、僕に「来い」と言ったのだからさぁ。でもそういうところいいよね。釈明コメントでもして(笑)

説明会はものすご~くつまらなかった。紙に書いてあることを、入れ替わり立ちかわり、読むだけで1時間20分。厚生労働省などの高給取りがそこまでしてくれなくても…。途中で質問を受け付けない徹底振り。彼らの仕事の仕方にはかなり問題あるね。僕らの税金をもとにしているのだから。

ハローワークのほかに、(財)産業雇用安定センターというところから2人が来ていて、「求人情報の窓口を広げる」(同センター)ための案内をしてくれた。話を聞いた限り、存在意義が全く分からない団体だ。失業者に対して何をしてくれるかも不明確だったので、ハローワークや民間の人材紹介会社との違いや、センターの存在意義について質問したのだが、明確な答えはなし。申し込む人いるんだろうか?

今年の1月末現在で、3万9512件の求人情報があるそうな。聞いてみると、毎年1万人もがこのセンターを通して職を得ているとか。本当だったらすごいねぇ。ものすごい効率のよい組織だ。すごすぎる。本当に。すごい。設立20年だから、単純計算で20万人がこの財団のお陰で職を得ているのだ。わけの分からない天下り法人が多い中、すごい組織ですねぇ(笑)。

ちなみに、このセンターは「在職中の人」だけが対象。今日説明を受けた人は、今月末までに申し込まなくては、サービスを受けることはできない。冒頭で担当者が「私どものことは知らないでしょう。全然知名度ありませんからねぇ」と自ら認めるぐらいな組織なのだが、こういう事態にひょっこりやってきて、1万人もの職を決めるというのはあり得ないぐらいすごい。47都道府県全部に事務所あるらしいし。すごいなー。

2007年3月 5日

青春18きっぷ

JRグループが発足20周年とかで、青春18きっぷがなんと8000円(5回分)。会っておきたい友人のところに行ける時間をみつけよう。

2007年3月 2日

失業者は多忙

2月は3週間も広島に滞在し、大変貴重な時間を過ごせた。長男誕生も予定日より8日遅れたが、幸運な状況下にあったため、生まれてすぐに出会うこともできたし、しばらく濃密な時を過ごすこともできた。

3月になり、東京に戻った。いよいよこれから本格的なスタート。いろいろ予定をこなそうと思ったら、今日は6カ所も行くことになった。失業者は多忙だ(笑)。会社に行かなければならないときは、平日の昼間には基本的に予定が入れられないけど、今はフルに時間を使える。行きたいところに行って、会いたい人には会うぞ~。慧を迎える前に、妻不在で荒れ果てた家の中を片付けなければいけないが…(汗)。

午後には厚生労働省の記者クラブにもぐりこんで、約1カ月ぶりに記者会見というものに出席した。なんと、同僚が記者会見を開くとの噂を耳にしたため。本件については僕はコメントは控えるが、すでに新聞などで報道されているので興味のある方はどうぞ。(中国新聞毎日新聞朝日新聞レイバーネット日本しんぶん赤旗)報道が正しいかどうかは分からない部分もあるが、事実として明らかなことを書いておくと、ライブドア・ニュースは「2004年12月にスタート、05年1月にニュース配信をスタート」(最初の記事)が正しいです。今後記事を書く方はご参考まで。もう誰も書かないかな?

なぜこれが“正しい”かというと、閉鎖が決まった後に広報からかかってきた電話をたまたま僕が取り、「いつ始まったんですか?」との質問に「終わりが決まったんだからいつでもいいじゃないですか」と答えたが、「決めてください」と要請され、僕を含めた初期メンバーが入社した「04年12月でいいんじゃないですか」と“決めた”からだ。編集長、勝手に判断させていただきましたことをここに告白します。

ライブドア・ニュースの中身について、メディアの人がほとんど何も知らないということに愕然としてしまった。ライブドアの冠がついていただためにアクセスはそれなりにあったが、存在感は示せていなかったのだなと関わっていた者として残念に思う。まぁ、このあたりのことはまた後日まとめようか。思わず会社ネタが長くなった。書き続けようと思えば本1冊ぐらいになるだろうが、ここで止めておこう。

その後会社に寄って諸手続きをしようと思っていたのだが、悪友(笑)らと会うことになり、日比谷でビールを飲んだ。この店7年ぶりだ。Lawyer Maruと初めて会った店だなぁ…と感慨にふける。その後、上場を控えた経営者の友人とひつじやで食事。充実した面白い飲みだったなぁ。