2006年8月25日

ハタミ前イラン大統領

今日は3つも取材をしたので、かなりくたびれた・・・。朝からハタミ前イラン大統領、昼から砂漠のシンポジウム、そして夕方はアルクの上場会見だ。

3つも取材するのは大変なのは行く前から分かっていたが、今週は週の前半にデスク業務をしてオフィスでの滞在時間が長かったから、できるだけ外にいようと思い、決めた。また、複数の人の夏休みが重なっており、しかもいる人もほとんど取材の予定を入れていなかったので、その反動というのもあった。

ハタミ前イラン大統領ハタミ氏の講演はなかなかよかった。記事の後半が、彼が話した主な内容。冒頭の「核兵器云々・・・」は、講演の内容に関係のない質問はしないでという主催者の再三の趣旨に反して、大手新聞社の人が質問をしたために出てきた話。

講演の趣旨とは違うことを記事に取り入れることは悩ましい。記事を書くことは要約を書くことではないのだから、別に構わないといえばそうだが、講演を聴いた人と記事を読んだ人で、話し手の印象が大きく変わってしまうとすれば広義の“誤報”といえないだろうか。

最近は「イラン=核兵器問題」というのが大方の関心だから、その場のルールに反していようと、そのことを聞き出して「ほら、核兵器に関してはこんなこと言ってたぞ」という記事を書くのが紙面を埋める仕事に必要な行為なのかもしれないが・・・。しかし、1つの型に物事をはめ込むのは非常によろしくない。

かつて僕は「イラン=テレフォンカード売り」「イラン=テロ支援国家」というステレオタイプを持って、おそるおそるイランを訪れた。ちょうど10年前だ。そして、1カ月強の滞在で、その思い込みがいかにくだらないものだったかを感じた。その後旅を心から愛するようになったのも、平和学を学ぶことを決めたのも、文を書く仕事をしたいと思ったのも、このときの経験がものすごく大きい。

さて、ではどうして僕が「核兵器」の話を冒頭に持ってきたかというと・・・。結局メインストリームを外したくないという気持ちがあるのだと思う。正しいかそうでないかではなくて、書いておいたほうがいいよなという気持ち。また、記事がトピックスに取り上げられ、たくさんアクセスされる必要がある。これは僕が全く名も知られていないサラリーマン記者だからこそ、職業的に外せない行為でもある。

長々と書いたが、ハタミ氏の講演は何が良かったかという話に戻る。彼は、対話の必要性や他人の尊重について語っていた。核兵器やバランスオブパワーでなく、平和について意見を述べた。こんな話をイランの人が話すのかという驚きを、10年以上前なら思っただろう。しかし、これは普通のイラン人が僕との対話で見せてくれたことに他ならない。普通のイラン人が僕に教えてくれたものを、イランの前大統領の口からも聞いた。それがすごくよかった!

コメント[3]

え?日本に来てるの?

え?日本に来てるの?

来てるよ。24日に小泉首相とも会談したみたい。
9月にはアメリカ行くって。

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