2006年2月28日

アクションを起こす

ニュースセンターの大部分が「堀江メール」関連にかかりっきりだった。僕は、南アフリカ写真展ボーダフォンの会見に行った。

ボーダフォンの4月に発売される端末に搭載されている本体の傾きや動きを感知できる姿勢制御センサー「モーションコントロールセンサー」はすごい。携帯電話を空に向けてかざすと、その方向に見える星空をリアルタイムに表示できるらしい。SHというのがやや気になるが・・・。僕が持っているSHの携帯は、いまだに再起動を繰り返している。年始以降は2度もフリーズしたし・・・。

仕事の後は新橋の「登貴」という店に行った。高校以来の友人から衝撃的に面白い人を紹介してもらった。すごく穏やかだけど、これまで見たことのないぐらいアクティブな人だった。歳は40ぐらい(?)上。僕らのことを「何でもできる歳」と言っていたが、その通り、何でもしてみないといけないなぁと強く感じた。

自分の思いを行動に移せるか、そして、人を動かせるか。楽しい夜だった。

古代ギリシャには3層の階層があった。一番下が奴隷で、次に一般市民がいて、その次に支配階層、つまり貴族がいた。だから「働く」といっても3つの種類があった。「レーバー」は奴隷が言いつけられてする働きで、「ワーク」は中流階級の市民が、自分の好きなことをするものだった。そして「アクション」をするのは、貴族だった。

アクションとは、「人にやらせる」という意味。つまり、自分がやるのではない。他人がやることを見下していう考え方なのだ。だから法律のことを「アクト」と呼んだりするわけだ。人にやらせるから「アクト」なのだ。 日下公人コラムより)

2006年2月27日

国境なき・・・商店街のおやじとガンダーラ

「コンゴ民主共和国:忘れ去られた戦争」という写真展を見に、銀座を訪れた。国境なき医師団主催のイベント。

英国・ブラッドフォードにいたときはアフリカでの紛争の話をよく聞いたが、日本にいると情報はほぼゼロに近い。この写真展の主たる目的である「惨状は同等がそれ以上なのに、イラクやアフガン(これも最近ほとんど伝わって来ない)に比べて、注目されていない、忘れ去られている国で起こっていることを伝えたい」に共感する。

会社に戻って記事を書いた後、今度は世田谷パブリックシアターに「全国商店街加入促進サミットin世田谷」の取材に出かけた。このサミットのことは、昨年11月にあった東京商店街グランプリ授賞式の際に知った。商店街のおっちゃんたちがスーツを着てまじめに話している姿はとても興味深い。彼らの話を聞くと、地に足がついている感じがする。商店街を利用するだけでなく、いつか店を持って、商店街のおっちゃんと地域の活動をしてみたいな、なんてことを思ったりもした。

ところで、今日のニュースの中に「ガンダーラマスターファンドが、ライブドアの発行済み株式総数の6.89%を取得した」と言うのがあった。そ~こ~に~ゆ~けば~~、ど~んなゆ~めも~。

ちなみに、ガンダーラはパキスタンにあります。
They say it was in India, but I say it is in Pakistan.

2006年2月24日

一問一答

日本記者クラブ主催の記者会見に初めて出席した。本来はメンバー限定なので、事前申し込みをして出席を許可してもらった。

ライブドアの会見だった。2日前にホテルオークラ東京で会見があったばかりだが、1カ月強前の就任直後に日程が決まっていたため、予定通り行われた。日本記者クラブでの会見には、現役の新聞記者、テレビ記者やジャーナリストのほか、すでにご引退されている方々が個人会員として参加している。質問内容については、現役の記者と個人会員の方々には大きな差があった。

記者会見に参加するのは面白い。行く度にわくわくする。この日のように普段は入れない会見だとなおさらだ。

同じ場所にいても、人によって、社によって書く記事の内容が異なるというのはとても興味深い。取り上げる対象だけでなく、記事の方向性もさまざまだ。記者やジャーナリストをしている人以外も、会見場に行って、各種メディアの取り上げ方を見てみると面白い体験になると思う。ある事象を意図的に極大化したり、無視したりしているのを見て、執筆者の姿勢を推測できるからだ。

しかし、誰もが出席することはさまざまな理由で不可能だから、読む人が「会見に行ったような」気がする記事を書く試みを最近している。やっていることはすごく単純で、「一問一答」という、会見で出た質問と答えの内容をそのまま書くだけ。普通に記事を書くよりも時間がかかり、知的作業というよりは単純作業だが、自分が所属する会社についての事件だからこそ、自分なりの解釈を入れない「一問一答」を書き続けている。

最近:
堀江が帰ってくることはない(2006年2月24日)
「今後逮捕者はない! と願う」(2006年2月22日)
ライブ起訴を受けて 一問一答(2006年2月13日)
ライブドア新代表、一問一答(2006年1月24日)
この試みの最初:
堀江社長 一問一答(05年3月11日)

早起き

今日から5時半に起きて、運動することにした。

前々から運動したい、しなきゃと思いつつ、始められなかったのだが、以前は上限だった「体重70kg」が、下限に定着しつつあることなどもあり、決意した。

で、近所の公園を1周してみたんだけど、これがすごく気持ちいい。走るのはイヤだと思っていたけど、結構気持ちいいものだ。しかも、早朝はほとんど人がおらず、40万平米の敷地をほぼ1人占め(一部で50人ぐらいでラジオ体操している人たちがいたが)!

朝ごはんのとき、妻から「よく起きたね。いつまで続けるの?」と聞かれた。まぁ、半永久的に続けるつもりだ。(と、初日から(初日だから?)偉そうなことを言ってみる)

2006年2月22日

メコンの人々と逮捕劇

朝起きて新聞を読むと、今日がXデーとのことだった。“騒がしくなる前に”と思い、朝一番にジェトロ展示室へ向かった。そう、気になっていた「メコン展」

予想外に盛況で、メコン地域への関心の高まりを感じた。出展している何人かと会話したが、やっぱりビジネスマンもいかにもメコンの人という感じでよかった。ラオスで絨毯産業を立ち上げた女性がいて、とても興味深かった。しかも、その絨毯技術はトルクメニスタンから学んでいるということで・・・。

午後4時20分ごろ、新聞に書いてある通りに(再)逮捕。その後7時からホテルオークラ東京での会見を取材した。記者、カメラなどすべて合わせて150人弱だろうか。空席も目立ち、1カ月前と比べて、関心は薄れているのを感じた。

記事を書いた後、大急ぎでHUB新宿南口店へ。ブラッドフォード時代の友人と久しぶりに飲んだ。少ししか話せなかったが、それぞれがいろんなことを考えながらチャレンジをしているのを知れてよかった。また近いうちに語ろう。

2006年2月21日

東証、役員食堂を廃止

一部報道によると、Xデーかもしれないということで、東証の定例会見に行くことになった。密かに気にかけていたメコン展が今日から始まったのだが、この取材は明日以降に延期。

東証内には初めて入った。円を描く電光掲示板に株価が流れているのは、昔漫画で見た未来の世界そのものだ。会見で書いた記事は以下の2本。

上場廃止 逮捕や起訴で判断せず
LD株、取引時間さらに短縮も

記事には書かなかったが、「東証アクティブ・プラン」の導入も発表された。“信頼回復”を実現するため、社員のモチベーション向上や外部人材の登用、社内外のコミュニケーション推進について目標をあげていた。

中でも注目は「役員と社員のコミュニケーション推進」のための秘策“役員食堂の廃止”だ。

昼ご飯を食べながら、役員同士で秘密の打ち合わせをするのが役員食堂の存在理由だったというが、現在役員室は大部屋で、その真ん中にあるソファで話し合いができるから、食事ぐらいは他の従業員と一緒に食べようということになったらしい。

西室泰三会長兼社長は「従業員の食堂も、役員の食堂も、メニューは一緒だから、心配ない」とコメントした。

2006年2月20日

能に近づく

エストニアの友人の案内で能を観に行く機会が先日あったのだが、僕は別の用事で行けなかった。後で感想を聞いてみると、一緒に行った12人が口をそろえて、「また観たい」といい「日本の伝統芸能をもっと見よう」という話に落ち着いたという。

次の機会を待てばいいのだが、僕的には機会を一度「逃した」感があり、能のことが話を聞いた後、やや気になっていた。この思いが冷める前にと思い・・・。

東京都が伝統・文化を小中高生に教えるための試みをしているという情報をキャッチした。運よく、実践発表会があるというので早速連絡し、取材した。

もちろん「学校での取り組み」を発表するのがメインなのだろうが、能楽師2人を呼ぶと言うので、僕の心の琴線に触れた。本格的なものではないが、能に触れるチャンスが早速来たのだ。

能楽師は生徒向け授業の再現ということで、発声の仕方、リズムの取り方、小鼓の叩き方などを簡単に解説してくれた。ほとんどの人は「能のセリフって、普通の話し言葉じゃないし、古語だから何言っているか分からないし・・・」という状態で聞き始める。実際、能楽師の2人が最初に有名な能の一部分をやってくれるのだが、雰囲気を感じるだけ。しかし、リズムと唄い方について、ちょっと解説をもらうだけで、能というものがぐっと近づく。急に能が分かるようになるわけではないが、これは相当にすごい体験だ。

こういう授業はいいよなぁと思う。小中学生がそのありがたみを感じるかどうか分からないし、ほとんどの人は数日経てば忘れてしまうかもしれないけど、今まで遠い存在だと思っていたものを、近くに感じる体験は貴重だ。

都教育庁の井出隆安指導部長は「国際化が進み、日本人は今よりも活躍する機会が増える。異文化を理解し、大切にしようという気持ちは、自国の文化への理解が基盤となって育まれていく」と語った。

2006年2月17日

信念を持つ人

幕張メッセに行ったついでに、友人が昨年10月に開いた古着屋「429(sizk)」に行ってきた。

彼は繊維会社を辞め、国内仕入れの旅を経て、店をオープン。初めは下北、原宿など、いわゆる古着屋の多い地域への出店を考えていたらしいが、古着屋のない国道沿い(地図)で店を始めた。

近くにマンションが多く、地元の客がたくさん来るようになったという。服屋だが、午後3時から午前1時まで営業というのが、なかなか面白い。こだわりの服を選びに来る人から、人生相談に来る中高生まで、さまざまのようだ。429オリジナル刺繍入りのものもあり、彼のセンスと才能にも改めて驚いた。うちからはかなり遠いけど、また行きたい店だなぁ。

この日はその後、東京証券会館に寄って、ジャスダックに新規上場した2社の会見を取材。世の中いろいろな会社があるけれど、「ラーメン 山岡家」の社長は、やっていることがはっきりしていてインパクトがあった。

信念を持って活動している人は面白い。刺激を受ける。

2006年2月16日

1時間

1時間で何ができるか。集中力や状況によって異なるが、いざというときには結構なことができるのかなと思った。

午後7時に表参道の「コラボカフェ」で用事があったので、先週から夕方以降予定を入れないようにしていたのだが、前日夜、同僚からの依頼で“ユニクログループ”が展開を始める「コントワー・デ・コトニエ(CDC)」の事業説明会に行くことになった。

午後4時からというので「OK」と引き受けたつもりだったが、よく見ると、開始時間は5時・・・。もともとの予定時間が5時半までの30分と短い会見だったが、僕の予定的にはかなりギリギリだった。会見終了後、会社に帰り、原稿を書いて、デスクチェックを受けて、掲載までしなければならないので、なおさらである。

会見は、延びた(苦笑)。同日午後、銀座にあるCDC1号店の内覧会に行って話を聞いていたので、ユニクロの柳井会長のコメントだけ取ればいいかなとも思ったが、こういう提携の会見だと最後に握手するという、記事を書くには“おいしい”シーンがあるので最後までいないわけには行かない。会見が終了し、その写真を撮り終えたのは、5時55分だった。

帝国ホテル「孔雀の間」→日比谷駅→六本木→六本木ヒルズ38Fと、記事の内容を考えながらダッシュ。急ぎ仕上げて、六本木ヒルズ→乃木坂→表参道→コラボカフェへ。到着したのは7時5分だった。孔雀の間からの約1時間のことを考えると、なんだかスゴイことをやり遂げたような気がしたよ(単に走り回っただけという話もあるが)。

コラボカフェでは期待通りの成果を得られず、残念。

サラエボ国際文化交流

ボスニア・ヘルツェゴビナのサラエボを中心に芸術活動を通じた国際文化交流を行う「サラエボ国際文化交流」(SICE)の活動を紹介する展覧会「SICE2006 Transition Compound 東京展」(SICE実行委員会主催)が15日、東京都墨田区のアサヒアートスクエアで始まった。21日まで。

昨日行った、この展覧会
予想以上に、面白かった。来日しているサラエボの芸術家の作品に込められているアイデアは思わず「へぇ」と言いたくなるものだし、主催者の岩田草平さんという人が、個性的ですごく面白い。

彼にこれまで作った作品について聞いたら、「秋が深まり落ちたいちょうの葉っぱを、拾ってまた枝につけていちょうを完成させた」と言っていた。すごく面白い。SICEプロジェクトでは、サラエボで大文字焼きを成功させたいとか。芸術活動のほとんどが、市役所などとの交渉になっているらしい。

前に突き進むエネルギーを持っている人だった。今週末は浅草に、ぜひ。

2006年2月13日

IT企業って、M&Aとか株式分割とか・・・

ノーベル平和賞のワンガリ・マータイさんの名誉博士号授与式を取材するため、早稲田大学に行った。受付後、時間があったので近くの韓国料理屋に行って石焼ビビンバを食べていると、後ろの学生が就職活動について話していた。

A: 「どこに就職するの?」
B: 「IT企業に決まった」
A: 「IT企業って、M&Aとかする会社?」
B: 「そうそう、それに株式分割とか」

こういう話題を最近よく耳にする。先週、法事でお坊さんの話を聞いたときも、親鸞の『教行信証』や唯円の『歎異抄』の話の後、“ホリエモン”まで登場したし・・・。

講演終了後、社に戻ると移動中に会社などが起訴されていた。午後6時からの会見に、マータイさんの記事を書きながら備えた。

会見場所は社内の会議室。来ている記者が少ないと思ったら、各社1人限定だったとか。カメラも代表1台だけで、不満の声が上がっていた。24日に予定されている日本記者クラブでの会見を「加盟社限定のクラブで開くな。オープンにせよ」との声もあった。

2006年2月12日

中央アジアのマスメディア関係者との3日間

10日からの3日間、JICA関連の合宿セミナーに参加した。今まで全然知らなかったが、何十年もやっている外国青年の招聘事業らしい。

今回はマスメディアに関する仕事をする人が中央アジア5カ国から招待されていた。一方で、日本からの参加者は、メディア関係者が25人中2人のみ。予想通りの少なさだ。公的機関の行事なのだから、何らかの方法でメディア関係者を無理矢理でもかき集められないのか。そうすれば、面白いと思うのだが、みんなきっとイソガシスギルのだ。せっかくの事業だから、外国人青年が日本旅行を楽しむだけではなく、日本のメディア関係者もいろいろな意味で刺激を受けるべきだ。ここにも内閣府主催の世界青年の船と同じような問題がある。運営の方法を少し工夫するだけで、格段に価値のあるものになる気がするのだけど。

集合場所は品川プリンスホテルだった。まずは“スポーツ交流”ということで、ボウリング大会。学生時代以来のボウリングだったので、いきなりガーターを連発してしまったが、その後ターキーを取るなどして挽回。結局、僕らのチームは優勝した。中央アジア青年の中には、初めてボウリングをしたという人も少なくなかった。

その後、バスで修善寺へ移動。これからが本番。

ディスカッションは参加者約50人を4つのグループに分けて行われた。テーマは“生活全般”や“恋愛・結婚観”などが多かったようだ。僕らのグループもそうだった。メディア関係者が少なく、中央アジアについてもよく知らない人が多いので、仕方がないが・・・。僕はインターネットの利用状況と検閲などについて議論したかったが、かなわず。

また、この行事に参加した目的の1つに、トルクメニスタンについて報じられているニュースの真偽確認をしたいという気持ちもあった。同国のニヤゾフ“終身”大統領は、暦を変えたり、独自の聖書を発行するだけでなく、最近では「ニヤゾフ体制以前の社会を知る高齢者の集団排除を目指す」(露紙)ために年金を廃止したなどと伝わってきている。

しかし、この目論見も、かなりの程度、失敗!トルクメニスタン青年のほとんどは、英語どころかロシア語もほとんど理解しなかった。“母国語保護政策”が完全に成功しているのだろうか。それとも、何らかの意図で分からないフリをしているのか分からないが(日常会話でも通じないことが多かったので、本当に話さないと思われるが・・・)、ディスカッションにはならなかった。他国の青年も、議論するほどの英語力はほとんど持っていなかった・・・。残念。(ちなみに、昨年はトルクメニスタンは諸般の事情で不参加だったそうだ:参照

夜はオープンコテージで盛り上がった。音楽をかけて盛り上がるのは、他のどの国際交流行事とも同じ。しかし、踊りが洗練されていないので、ダンスが苦手な人も含めて、みんなが楽しめる気がした。初めはシャイだった人も、「あ、そんなもんでいいのね」という感じで、それぞれが我流のダンスを披露。

各グループにロシア語の通訳がいて、ディスカッションはそれなりに円滑に進むのだが、やはり『ロストイントランスレーション』感は否めなかった。ロシア語が少しでも身についていればよかったなと思った。しかし、総じて面白かったし、いい経験にもなった。各国のアナウンサーや“ジャーナリスト”(ほとんどが国営メディアの人)などとも、一応のパイプができた。今後もメールなどでやりとりしたい。ハラショー。

(2/14追記)
偶然にも、ちょうどいいタイミングで、キルギス在住の友人からメールが。
「アンディジャン事件」後キルギスに滞在しているウズベク難民(ジャーナリスト)への資金的援助を集うブログを国際ジャーナリスト会議の協力で立ち上げたそうだ。興味ある人は読んでみてください。

2006年2月 7日

広島フルコース

週末から、所用で広島に行った。おいしい中華料理を食べたり、シルビアさんという面白すぎる人にあったり、5時間近くテニスをしたりした面白い週末だった。

今後の取材ネタとして、広島大学と広島市立大学の先生に、それぞれあいさつし、話をした。広島から今後、日本を代表するNGOができるか。期待。イギリスで同級生だったゆみさんにも会った。彼女の今後にも期待。

雪の降る中、広島空港へ。山のほうにあるので心配していたが、リムジンバスが進むにつれて雪は深まるばかり。空港に着くと、乗るはずだった便は「天候調整中」で、出発のめどがたっていなかった。

空港をウロウロしているときに、お好み焼き屋「みっちゃん」を発見。久しぶりに広島風お好み焼きが食べたいなぁ・・・と思っていると、願いが叶った。空港のアナウンスで、東京行きの便はキャンセルとなり、妻の実家に舞い戻り、お好み焼きを食べた。

やっぱりお好み焼きは家で焼くに限る。うまかった! 空港で待たされずいぶん疲れた気もするが、結局3日間、フルコースで楽しんだ。