2005年12月30日
2005年12月29日
忘年会05
ライブドア・ニュースセンターの忘年会。
「ニュースセンター1周年記念」として、関連部署も含めて、表参道のCayにて20名ほどで飲んだ。立ち上げ寸前の1年前と、状況は大きく異なる。積み上げてきたものもあるし、無意識に失ったものもあるだろう。
最低以下の人数で運営していることもあり、日々の業務に追われがちな現状がある。でもメンバーがあと100人いても、そう状況は変わらないだろう。それぞれのメンバーが、単純に目の前の仕事をこなすだけでなく、自分たちのおかれている状況を客観的に見つめる機会がないと成長しない。逆に、機会を見つけていけば、規模に関係なく成長できる。
そう思って忘年会を企画。ちゃんと参加表明した人が9人で、昨年に比べてずいぶん盛り下がったのかなと思っていたが、いつの間にか20人ほどが集まった。
それぞれ思いがあるので、そこかしこで激しい議論が繰り広げられていた。また、いつも近くに座りながらあまり接点のない人との交流も深まり、かなり意義のある会合だったと思う。
来年は、こういう機会を増やしたい。飲み会というのは、ただの息抜きのためにあると思っている人も多いけれど、複数の人が集まるこのような会合に、どういう態度で接するかは、日々の業務への接し方を反映するものだ。まず参加表明して時間に間に合うように仕事をデザインする人、いつまでも態度を留保して当日ずいぶん遅れてくる人、仕事が終わってもなかなか会場に来れない人etc...。
さて、来年のライブドア・ニュースはどうなるでしょう???
2005年12月26日
いつでもどこでも!
livedoorワイヤレスで快適?!インターネット
アマチュア無線以来、約20年ぶりの無線体験
http://trend.livedoor.com/15.html
屋外でインターネットする人には必須になるかもしれないサービス。記者としては、山手線内なら場所を問わずつながってくれると嬉しいのだけど、現状はそうもいかない。技術の発展とAPの増加を祈るか。
livedoorサイト内だけとは言え、無料で使えるのはGood。メールのやりとりにはもうお金を払う必要はない。それから、livedoor ニュースやlivedoor トレンドも、もちろん無料で見れます。
最近、ldトップページのでかいバナーに顔つきで載せられている。ここに出る社内関係者は、堀江と僕ぐらいだな、最近は。露出高いわりにファンレター来ないけど。
2005年12月24日
30hrs
年末年始うちにホームステイしているメキシコ在住の親友Hiroと、毎年恒例のクリスマスパーティーを開いた。
午後7時半から、Aldgate→アジアンキッチン→白木屋→カラオケと、学生のようなゴールデンコース。平均年齢は30以上になったが、Hiroと初めて会った8年前と、エネルギーが変わらないどころか、パワーアップしている。
参加人数は全部で30人強だと思うが、徹夜組が20人を超えるなど、大盛り上がり。すでに始発が出ている5時過ぎからカラオケに行くという徹底ぶりだった。僕は朝8時ごろ先に帰ったが、ラストは24時間バーで朝11時まで飲んだという。
Hiroと企画する飲み会では体力を使いきるので、飲んだ翌日は爆睡するのが習慣なのだが、翌日(当日?)も予定が入っていた。家で2時間ほど寝て、また出かけた。
23日午後からインフォメーショナーのお茶会のため、フェルケル夫妻宅へ。以前勤務先で知り合った主宰の高塚氏は謎の多い面白い人だが、人脈の広さは底知れない。そんな彼の人脈がインフォメーショナーというサイトに表現されている。
“お茶会”は、僕主催のパーティーでは絶対にありえない穏やかなパーティーだった。社交界デビューみたいな気分(笑)。一緒に行った友人ボブと、少し混乱しながら、雰囲気を楽しんだ。やっぱりすごい人が来てて、元国際銀行協会会長とか元プロテニスプレーヤーとか・・・。ビジネス界で成功を収め、イギリスと日本で半分ずつの生活をしているというブリンクマンさんに日本パクチー狂会の意義を説明したりした。英語で狂会の説明をする難しさと必要性を強く実感。
“お茶会”は2時間ほどで終了。その足で、谷中へ。妻の前の勤務先の元メンバーらとクリスマスパーティー。この1年ほどでその会社に入り、辞めた人(まだ勤めている人も)の集まり。個性と才能豊かな人ばかりで、よくこれだけの人を集めた会社だと思う。ほとんど留まっていないけど・・・。それぞれはその会社で一瞬すれ違っただけなのだろうが、結束が固い。それぞれ惹きあっているのだろう。この会の終わりには、体力が限界に近づいていたが、最後までよく笑った。
終電ぎりぎり(というか、少し足りず余計に歩いたが)で家に帰り、家に着くと倒れこんだ。30時間のクリスマスパーティーはハードだったが、面白すぎた。反動でクリスマスイブは寝込むことになってしまった・・・ゴメン。
2005年12月21日
年賀状
1年ぶりに(当たり前か)年賀状を作成している。
これまでけっこう派手にインパクトのあるデザインを作ってきたが、今年はシンプルなものを作ってみた。今年やってきたことと、これからやることのエッセンスが集約されていると思う。
5年目のプリンター。最近のに比べると動きが遅いよなぁ。片面200枚のプリントに約2時間かかった。もう片面ある・・・。
2005年12月17日
05パクチー忘年会
日本パクチー狂会の忘年会が無事終わった。
参加者総数21人。話しをするにはちょうどいい人数だ。今後も20-30人程度でオフ会をしていきたい。
パクチー狂会は、来年、もっともっと面白い展開をしたい。どんなアイデアが出るだろうか。楽しみだ。
忘年会で利用させてもらった表参道のヤムチャイナ。ちょうど1年前に存在を知り、頻繁に通っていたのだが、年末で閉店すると聞いた。突然の閉店にリピーターの僕はかなり戸惑っている。理由はよく分からないが、はっきり言わないので、どこかからのプレッシャーだろうか。店長の張さんには本当によくしてもらった。彼がまた、店を開く日を楽しみにしておこう。開店したあかつきには、パクチー狂会で、開店祝いに駆けつけますよ!

paxi狂会の忘年会(keiichi)
パクチー忘年会(maru)
paxi パクチー(fantasista)
パクチー狂会忘年会(pict-guy)
パセリせっけん(yupaxi)
2005年12月14日
会社経営者って、たくさんいるんだな・・・
須子はるかさんと村松香織さんが書いた『コミュニケーション集中治療室』という本の出版記念パーティーに行った。
須子さんのことは随分前に、イギリス留学時代の友人から存在を知らされた。面白そうなメルマガを出しているのもあって(最近来ないけど)、「そのうち会いましょう、会うでしょう」みたいなメールのやり取りをしたことがあった。今回、出版記念パーティーがあるというので、いい機会と思い、顔を出した。
ものすごい人数が来ていて、案の定、須子さんとはほとんど話せなかったが、ひとまず挨拶だけしておいた。
このパーティーに行って、2つのことを思った。
1つは、世の中知らない人が多いなぁということ(当たり前だが)。ものすごい人数の人がいるのに、知っている人を1人しか見かけなかった。まだまだ面白い人は、いくらでもいるなぁとしみじみと思ってしまった。
もう1つは、会社を経営している人が多いということ。店のオープニングレセプションや出版記念パーティーなど、不特定多数の人が来ているパーティーには、経営者が多い気がする。そういう人が呼ばれるのか、そういう人がこの手のイベントを好むのか分からないが。少し話しただけで、すごい人から、普通の人まで、いろいろいるが、それぞれ自分なりのチャレンジをしているところを尊敬する。
2005年12月 6日
1年
ライブドア・ニュースに所属して、ちょうど1年過ぎた。
1周年の記念すべき取材先は、ネットプライスの佐藤輝英社長とパレスチナ駐日代表。
パレスチナ駐日代表の取材は、前日のイスラエル駐日大使に続き、外国特派員協会にお世話になった。平和学を学んだのだから中東問題も、と思われがちだが、僕はイギリスではほとんどこの地域の勉強はしていない。現地で支援をしていた人たちから話を聞いたことはあるので、興味はあるのだが、すごく難しい。それぞれの立場によって、それぞれの“真実”を語ってくれるもんだから・・・。
半年ほど前から、英語での講演を避けずに来た成果か、上の2人のスピーチはよくわかった。非英語圏出身のエリートのスピーチはとてもわかりやすい。発音も明瞭だし、話の構成がしっかりしている。スラングもほとんど使われないし。
先日、ほぼ同時期に1周年を迎えた記者2人と久しぶりに飲んだ。まだ設立1年で、他のどのメンバーとも入社時期は数カ月しか変わらないのだが、何もない状態で手探りから始めたこの2人とは、同期という感覚が強い。最近仕事以外の交流が少なくなっているが、ぜひ定期的に飲みたいと思う。
2005年12月 5日
2005年12月 3日
アズレージョ工場との出会い
ポルトガルに出張中の友人〇から連絡があり、面白い報告があった!
僕らが昨年、ポルトガルでの結婚式の引き出物と立科でのパーティーのウェルカムボード用に注文したアズレージョ(ポルトガルの伝統工芸品でもあるタイル)を作った工場に、その友人が偶然行ったらしい。
僕らはメルカードポルトガルという日本にあるポルトガル製品の輸入オンラインショップに注文したので、どこの工場で作ったのかは知らなかった。リスボン製かと思っていたが、近くの町セシンブラ製だったようだ。
以下、〇から送られてきた写真とメール。

〇 wrote:
ポルトガルに来て1ヶ月近くが経って、
先週末に滞在先のセシンブラ近くの
アズレージョ工房に行ってきました。
そして、写真のアズレージョを発見!
去年のロカ岬の引き出物と、蓼科のウエルカムボード!
写真の職人曰く、ポルトガルで唯一伝統的な製法を引き継いでいる、
工房がここだとのこと。
もしや「去年のアズレージョが見つかるかも」との
期待をもって聞いてみると、数あるアズレージョの中から、
失敗作で引き出物として出せなかったものを持ってきて
「印象的だったからよく覚えているよ」と言ってました。
蓼科のウエルカムボードも、たくさんの発注書類の中から、
見つけて見せてくれました。
とても親近感が沸いてうれしい気分になりました。
