2004年12月29日

忘年会

ライブドア・ニュースセンターの忘年会。

関連部署も含めて、南青山のヤムチャイナにて20名ほどで飲んだ。紹興酒が美味しいと初めて思った。料理も店長の人柄も文句のつけようがない。また行きたい店だった。夕方6時ごろから始めてたっぷり7時間(?)以上飲み、大いに語った。最後の方は記憶が薄いが。

経験とアイデアに溢れた人が集まっている。一言ひとことが刺激的。こんな仲間と働けるのは幸せだ。僕自身も「らしさ」を出してみんなに刺激を与えることが貢献だと思う。2005年も頑張ろう。今からすごく楽しみだ。

2004年12月27日

大忘年会

会社の忘年会。
・・・と言うとある程度固まったイメージがあるが、それとは全然違うスタイルの忘年会に参加した。

一次会は六本木のベルファーレ、二次会は西麻布のa-lifeにて。700人が参加。案内をもらったときは「なんだそりゃ」と思ったが、人数が増えても全員が参加できる忘年会を開こうと言う心意気はスゴイ。社長が「忘年会」と言わず、「パーティー」という単語を連発していたのも印象的だ。2004年にあったさまざまな出来事から彼のやり方には非難と賞賛が集まっているが、これだけのパーティーを開けるのはさすがだと思う。参加費が無料というのと、締めがマツケンサンバだというのもすごい(笑)。他の部門の人とも知り合えたのがよかった。会った人のほとんどが入社数ヶ月以内だった。新陳代謝の早い会社だ。

ここには面白い人がいる。このパーティーでそれを確認した。

2004年12月23日

ポルトガル デイ・アンド・ナイト

ロカ岬での結婚式に参加してくれた人に呼びかけて「ポルトガル デイ・アンド・ナイト」を開いた。

ポルトガル・ディでは、「東京で見つけるポルトガル」をテーマに、新宿にあるポルトガル菓子専門カフェ「ラ・ジェマ」と藤原新也の写真展「フェルナンド・ペソアの午後 -Afternoon in Portugal-」を訪れた。

クリスマス期間中はラジェマ併設のカフェが閉まっていたので、店でポルトガル菓子を購入し、新宿御苑の芝生の上でポルトガル・スウィーツを堪能した。藤原新也の写真展では、ポルトガルでの日々を思い出させる数点の写真に見入った。小部屋が5つに分かれたが、それぞれの部屋の壁紙をもデザインしたそうだ。写真の中にはムズカシスギテ分からないものもあったが、壁紙が醸しだすそれぞれの部屋の雰囲気に、そこに居合わせた一同で感心した。ポルトガルにいるような錯覚を覚えた。

ポルトガル・ナイトでは、ポルトガル大使館推薦だというポルトガル料理店「海と森」に約30名が集った。ロカ岬に来てくれた人の約半数がここで再会できた。80年代に2年7ヶ月リスボンの日本大使館で料理長をしていた河田秀一さんという方の店で、たこ料理やタラのコロッケなど、ポルトガルらしい料理が非常においしかった。

この海と森は、「仲間たちと長い時間、予算を抑えて語り合いたい」というワガママを快く聞いてくれた東京で唯一のポルトガル料理店だ。6時から10時まで貸切にしてくれ、かつ、飲物を持ち込みOKにしてくれた。店の雰囲気も店員の雰囲気もいい。荻窪という立地やポルトガルという国のマイナーさから、知る人ぞ知る店になっているようだが、こういう店がポルトガルファンの隠れ家的存在から、ポルトガルファンを増やす店になれば面白いなぁと思う。「勝手にポルトガル」キャンペーンでもしてみようか。

荻窪からの便り」 (by 鷲崎晏也氏)

2004年12月22日

Joeと会う

富士通時代の同期であるJoeと会った。約3年ぶり。

もともと面白いやつだったが、会社にいるときはどちらかというと内向きの面白さを持っていた。会社を出て、を出版し、(24万部も売れて、)外向きの仕事をしているせいか、久しぶりに会ったJoeは視野をかなり大きく広げているようだった。閉じこもってなくてよかった一例だ。

最初に出した本が予想以上に売れすぎて、同じ路線での執筆を求められているが、もっと幅広い仕事をしたいので、いろいろと試行錯誤しているようだ。「ものを書く仕事」を最近始めた者同士、今後も刺激を与え合えれば面白い。

2004年12月19日

経堂

経堂周辺に住む友人とご近所会。

まずは経堂駅北口裏のうなぎ屋「寿恵川」へ。うなぎと言えば土用丑の日が有名だが(そういえば今年は2回あったな・・・)、実は今の時期のうなぎが一番美味しい。
寿恵川では、うなぎを20分ほど蒸らして柔らかくしてから焼き上げるらしい。注文してから調理を始めるので、うなぎを目にするまでに随分待つことになる。6時集合にしてよかった。ようやくうなぎを口にできたのは7時前。量が少ないのが難だが、脂がのっていていい味だった。一口ひとくち噛みしめた。う~ん、スローフード。

まだ食べたりない&しゃべりたりなかったので、南口商店街へ。
前から気になっていた「うさぎ洞」に入った。沖縄料理がメインの諸国家庭料理屋。平日にはライブもやっているそうだ。ここも一品ごとの量は少ないが、味は確か。オリオンビールの生があった。雰囲気がものすごく落ち着いているので、語りたいときにまた行きたい。

nsmdesign

2004年12月16日

ボロ市

会社から帰宅途中、友人から電話が入り、世田谷のボロ市へ。
約1kmの(いつもは寂しい)通りが、人で埋まる。約800店の屋台が並ぶ。ボロ市に来るためのパッケージツアーもあるようで、観光バスも来ていた。
歩いているだけでワクワクする。こういうのが常にあればといいのにと思う。年4日じゃ、少ない。

ボロ市はイベントとしてよくオーガナイズされている。ものすごい数の人が来るのに、大きな問題が起こらないし、終了時間の9時を少し過ぎた時点で、しっかりと片づけがなされる。翌朝見たら、ごみ一つ落ちていない。

その後、4人でむぎばたけという韓国料理屋に行って、軽く焼肉を食べた。味もスタイルも大満足の店だ。久しぶりに飲んだマッコリもうまかった。

一緒にいた、イラストレーターの女性に、西サモア旅行の話を聞いたのが面白かった。彼女によると、西サモアでは団欒するときに部屋の四隅に座って大声で話すとか。いくつかの家庭で確認したとのこと。本当だったら面白いなぁ。世界にはまだまだ想像を絶することがある。

BBKY

2004年12月12日

クリスマス会

伊勢原のUEMASSA KITCHENでクリスマス会。植松氏をはじめとするフードクリエイター4人の創作料理を堪能する。さすがプロ。単に美味しいだけではなく、食材の使い方や組み合わせ、料理に対するアイデアがスゴイ!

秦野高校時代の同期がたくさん来ていた。と言っても、初めて会う人も多かった。一学年に500人もいたからな。それにしても最近、地元の関係者に会う機会が増えてるな。年末にも、オーストラリアから帰国する友人かじゃを囲む飲み会をする予定だし。

卒業から12年も経つと、それぞれ全然違う道に進んでいるのが面白い。同じような授業を受けて、同じ試験を受けていたのに、行き着く先はいろいろだなぁ。前述の植松氏はフードクリエイターだし、この日会った人の中には来月に与那国島に移住する人や、数ヵ月後にハイバル峠を越える旅にでる女性もいた。

酒がうまい。酒のつまみで一番うまいのは、刺激的な友だと思う。

2004年12月11日

忘年会

10日、忘年会を主催した。
告知が遅くなったため、また、他の忘年会と重なっていた人も多かったようで人数は少なめ。35人ほど。

例年、居酒屋を「予約」して開催していたが、「出欠の確認」や店から与えられる「制限時間」が嫌で、予約をして会場を確保をするのはやめた。飲まないならまだしも、飲んでいる客に向かって「当店は2時間制となっております」などとふざけたことをのたまう店が東京には多い。そんな店には行ってやるものか。

そこで思いついたのが店を「占領」するというやり方。僕がイギリスに行く前に自分で開いた壮行会での試みがきっかけで確立したもの。留学先のブラッドフォードでも帰国間際にWetherSpoonというパブの占領を成功させ、この手法が世界で通じそうだということが分かってきた。

というわけで占領計画の三回目。参加者数が十分ではなかったため、HuBの90席を埋めることはできなかったが、席を徐々に確保しながら、店の雰囲気を変えていくのは面白い。「占領」作戦のメリットは、参加者数の見積もりを誤ることによるリスクがないこと、そして、誰もが自分の都合に合わせてパーティーに参加できることだ。

席がなくても店に入れてくれ、立ち飲みを歓迎するHuBという店のスタイルがあるからこそ実現する。この店は売られている酒の種類ではなく、イギリスでできるような「無茶」を認めてくれるところが、素晴らしい。非常にイギリス的ないいパブだと思う。

2004年12月 6日

社会復帰

約2年ぶりに仕事を始めた。
職場は六本木ヒルズ森タワーの38階。

よく晴れた日で、東京全体が一望できただけではなく、富士山までくっきり見えた。幸先のよいスタートを切れたと思う。ワクワクするぜ。

2004年12月 5日

秦野高校32R

32room.jpg
高3の時の友人と鍋をした。
今年、結婚式の招待状などを送る過程で久しぶりに連絡を取ったFとSがそれぞれ奥さんを連れてやって来た。みんな今年結婚した。FとSは高校卒業以来初めて会うという。もともと仲良くしてたのだが、連絡取ったり会ったりってのはなかなかしてないんだなぁ。

6人で大いに盛り上がった。近いうちにまた飲もう!

2004年12月 4日

イラン

コヤ・クミ、東京での結婚お披露目パーティー。
二人のイランに始まった出会いを出席者のみなさまに感じてもらうため、六本木ヒルズ横のイラン料理屋アラジンで約60名を集めてパーティーをした。

光栄にも司会を仰せつかったので当日の朝、簡単な原稿を用意して望んだのだが、原稿どおりにやるのはやっぱり苦手なようで、紙を持っていると緊張してかんでしまうので、開始2分後に原稿を捨てた。その結果、なかなか場に応じたスムーズな進行ができたと思う(自己評価)。臨機応変にやっていると頭の中にいろいろなアイデアが出てくるのでよい。主役の二人とのこの数年間を思い出しながらパーティーを楽しむことができた。

特によかったのはいつもこのレストランで金曜日と土曜日に演奏しているイラン音楽のミュージシャンが貸切の場でも演奏をしてくれることになり、盛り上がった状態をさらに盛り上げてくれたこと、そして、音楽を通じてほとんど正確には知られていないイランという文化を、多くの人の頭の中に刻み込むことができたことが挙げられる。
96年に一ヶ月強かけてこの国を旅行し、個人的にイランという国がとても気に入り、機会あるたびにイラン旅行を勧めてきた。イナバ夫妻はその結果生まれたカップルだと言えるし、その夫妻の結婚式を出会いのきっかけとして出会ったコヤ・クミ夫妻もイランという国に対する「偏見」をぶち破る大きな力となっている。

イランの民族楽器であるサントゥールとダフの音色を聞きながら新郎新婦や他の出席者と踊っているとき、僕はものすごく爽快なものを感じていた。先入観が否定され、いい意味で裏切られたとき、感動が起こる。僕がイラン旅行を通じて得た、旅の楽しみを知る過程と知らないものを理解することの楽しさを、多くの人と共有できる時間はとても素晴らしかった。

2004年12月 3日

ヨルダン

表参道の北川画廊で吉田智子さんの加賀繍い作品展に行った。食事の前にどう?とヨルダン夫人に誘われ、行ってみたのだが、作品の繊細さには驚くばかり。刺繍には全く関心を持ったことがなかったが、作品を見て思わず嘆息した。スゴイ。

数年前にカルカッタからイスタンブールを旅したときのことを思い出した。この道中、僕は絨毯屋に30軒以上立ち寄った。絨毯に関心があったから、ではない。南アジアや中近東の絨毯屋はもれなくチャイをご馳走してくれること、そして、現地の人と落ち着いてしゃべれること(高級絨毯の上で会話するわけだし)が目的で初めは暇に任せて絨毯屋に行っていたのだが、さすがに絨毯屋に10軒も行くといろいろな知識が身につく。そして次第に興味が出た。きれいな絨毯の見かけだけでなく、絨毯の裏面の目を見ることを覚えた。今では、将来広い部屋に大きなペルシャ絨毯を敷きたいと思っている。
華やかな完成作品の裏には地道な作業がある。そうした作業ができるようにならないまでも、それによってできた作品を理解できるようになりたいと思う。

その後、ヨルダン夫妻と表参道のクレヨンハウス内にあるオーガニックレストランで食事した。
アホみたいに飲むのも好きだが、話をしながらゆっくり食事をするのもいい。スローフードってやつだ。このレストランは東京の多くの居酒屋のように注文を急かしたり、2時間で出て行けということがない。心から寛げるいい場所だった。近いうちにまた行くだろう。

ヨルダンとは奇妙な5年近く前に不思議な出会い方をしたが、それ以来の親友。真面目な話もふざけた話もできる。いくらでも話すことがある。会話のテンポがものすごく合う。
ヘンな話だが、飲み会の途中で一緒にトイレにいっても楽しい仲間だ。誰かとトイレまで一緒に行くという行為は中学校ぐらいまでで卒業したと思っていたが。先週末の結婚式の際も、今日もそうだった。
愉快だ。

いちばん大事なこと

養老孟司の『いちばん大事なこと』を読んだ。
本書は環境問題について書かれているのだが、著者が「虫も自然、人体も自然」の章で「人間対環境」という捉え方がそもそもの間違えであり、人間は自然という大きなシステムの一部であると述べている通り、環境問題という切り口で論を進めることで現代人の行動や考え方について意見を述べた本ともいえる。

脳で捉えられない、情報化できない事象というのは世の中にたくさんある。つまり、人間が捉えられるのは「自然」というシステムの一部にすぎない。それを意識のみで「わかったつもり」になり、人間より大きな「自然」をコントロールしようとする愚かしさ、それが分かりやすく表現されている。コントロールではなく「手入れ」をすること――これは庭や森林の手入れに限らない。目に見えること、通説として一般に認められていることをもとに政治・経済を含めて世の中は動いているが、わかったつもり、すべてをコントロールしたつもりで進めた政策が公害や伝染病を広めるなどマイナスに作用した例は枚挙に暇がない。

イギリス留学中に「平和のためにできること」で核抑止についての文章を書いたとき、核抑止論者に対する批判をしたのだが、その批判が全然なってないということでお叱りを受けた。ここで書いたコラムの趣旨は「思いつきの積み重ね」であったので記事などを読んでふと思ったことをできるだけ忠実に表現して、その思考過程を残すことを目的としていた。だから後から読み直して偏っていたり間違っていたと判断した場合は、その文章を修正するのではなく、追記をすることで対応していた。(まとまった文章でなく、思考のあらがたくさん見えたことにより、たくさんの人から意見を頂くことができた)

その中で「書きすぎかな」と思いつつも(バカという表現を使った)、上記のような理由でそのまま掲載した核抑止に関する文章に批判がきた。その方と掲示板上で何度かやりとりして説明を試みたが、難しかったように思う。

最初のうちはその批判者が求めるように「代替案」をもって「論破」するにはどうすればいいかを考えたが、核抑止力が成り立たないことは核戦争が起こってはじめて証明できるものだという以上に考えを進めることができなかった。次に、論破できれば正しいか、論破された者は納得するかについて考えたとき、必ずしもそうではないと感じた。情報の積み重ねは必ずしも真実ではないし、目に見える範囲でした選択は必ずしも長期的によいものをもたらすとは限らない。

本書に書かれていたことは、僕がこのときにふと感じたことを随分発展させたものだと思った。まだ理解しきれていないが、この本に書かれたことを応用することで、論破以外のやり方で「正しさ」を説明できるのではないか。そう思った。(うーん、何言ってるか、分かる? ま、読んでみて。いい本だ!)

2004年12月 2日

サザエさん

サザエさん夫妻と経堂駅前で飲む。
サザエさんとは9年前にインドからネパールへ抜けるバスの中で知り合った。当時、バンコクの美容院でかけたパーマにより髪の毛が爆発していたときに知り合ったのでサザエさんと呼んでいる。別にサザエさんに似ているわけではない。
彼女の夫は彼女が僕に会った3日後ぐらいにトレッキング中に会ったネパール人。同じときに会った仲間とは友情が長く続いているので、この夫妻とも時々会っている。立科での結婚式に来てくれたが、そのときは慌しかったので、ゆっくり話すのは2年ぶりぐらい。

実に楽しい時を過ごすことができた。
国際協力の仕事で来月バンコクで仕事を始めるサザエさんは、今まで「国際協力=ボランティア=お金もらえない」と思い込んでいて、そういう仕事には興味がなかったそうだ。しかし、仕事や普段の付き合いの中でこの分野の仕事と出会い、しかも自分の思い込みと違いキャリアの一環として捉えられることに気づき、応募し、バンコク行きを決めた。

国際協力に漠然とまたは明確に思いを持って、その道だけを志している人とは全然違う。しかし、彼女は自分なりの楽しみと価値観を持って、自らの道を切り開いている。(言葉は悪いが)「国際協力バカ」と呼ばれている人に、サザエさんのような人を会わせたいと思う。彼女はバンコクの勤務先で、必ず他の日本人職員にいい影響を与えるだろう。

夫のR氏も考え方がおおらかでいい。ネパールで生まれ育ったので当然という見方もできるが、彼は日本企業できちんと仕事をこなしているのだから、その上で家族や人生に余裕を持っている姿勢は見ているだけでも魅力的だ。僕といるときの夫婦の会話では「この人いい加減だからさ」なんて言いあったりしているが、お互いがお互いをきちんと支えあい、刺激を与え合いポジティブな方向に、この二人はどんどん進んでいる。

だから面白いのだろう。3時間、笑いっぱなしだった。バンコク滞在は2~3年とのこと。それほど遠くもないし、ぜひ遊びに行こうと思う。

2004年12月 1日

病院

病院に行った。
僕は病院や薬は嫌いで、よっぽど必要に迫られない限り利用しない。病院を訪れたのは、数年ぶりだ。
目的は健康診断。来週から仕事を始めるので、入社に必要な書類である「健康診断書」をもらいに近所の上町クリニックに行った。

たまに病院に行くと新たな発見がある。
健康診断は健康保険が利かないことを知った。また、診察代は聞けば聞くほど不明瞭な気がした。「検査が2530円で、診断書作成料は先生が決めるので分かりません。3000~4000円ぐらいだと思います」と看護婦談。項目が決まってるんだからすぐに料金出るだろうに。

身長・体重・尿検査の検査料が280円。胸部X線の撮影・診断が2250円だそうだ。身長測定の際はすごい勢いで頭を押さえつけられるし、体重測定は服を着たまま(冬服だから結構重い)計り、500gをひいた。かなり面倒そうに対応してくれた。

全ての検査が終わり、先生の前に座ると、「うん、異常なし」。
その一言を紙に表現したものが3000円。もともと言われた額の下限だったからよしとしたが、4000円と言われても文句言えない患者の立場。

あっという間の出来事だった。5530円也。領収書には「初診料2740円は値引き」とも書かれていた。

Blog移転

Blogをbeemanet.com内に移転してみた。
有名だというMovableType

掲示板設置のときもそうだったが、cgiはよく分からない。しかし、ネット上には丁寧にサポートしてくれるページがたくさんあるので、みようみまねでなんとか設置に成功。

デザインが殺風景なので、とりあえず変更したいのだが・・・わからん。