2004年11月 9日

ファルージャでの大量虐殺

アメリカがイラクのファルージャを大規模に攻撃している。完全制圧まで攻撃をやめないと米国務長官は決意を強調した
市民の犠牲者は出さないと、虐殺者は躍起になって信じ込ませようとしているけれど、空の上の臆病な攻撃から始める米軍の作戦は、まさに無差別攻撃でしかない。

市民とテロリストの差は?――明確な定義などない。米軍に抵抗したらテロリストとして処理される。しかし、突然兵士が自分の街や家に入り込んでものをひっくり返されたら?――抵抗しない人は多くないだろう。彼らはテロリストか?
それでも抵抗しない人だっている。恐怖におののき、手を上げる――「助けてくれ」と。しかし、自分がいつ殺されるかもしれないと恐怖を感じている兵士は、物陰から急に出てきた市民に驚き、銃口を向けるだろう。そして、事後、「そいつは、俺を狙ったテロリストだ」と強く信じるしかない。そうでなければその兵士の良心が(残されているとして)持つはずがない。
かくして、市民はその死の直前または直後に、テロリストだったと呼ばれる。

日本で目の手術をしたモハマドくんは日本からのお土産を持っていち早く疎開したそうだが、避難したくてもできない人がたくさんいることを忘れてはならない。そうした人たちは、臆病な米軍兵士からテロリストとみなされることだろう。

ファルージャで起こっていることは他人事だろうか。自由と正義を標榜する世界唯一の超大国が、自分を脅かしたこともない、はるか遠くの国の市民を虐殺している。今はイラク、ファルージャかもしれない。しかし、彼らがターゲットを我々や我々の直接の友人に変更する日がすぐに来るかもしれない。

馬鹿げている?――馬鹿げててほしい!
そんなシナリオは誰も望まないから。でもそうしたストーリーは世界のいくつかの場所ですでに始まっている。今はファルージャ。