2012年1月16日

地元ラン

両親に会うため家族と実家を訪れたついでに、地元ランしてきた。最近、ハーフぐらいの距離を走るのは肉体的には全く苦ではなくなってきたので、その距離を実家のある秦野市で置き換えてみると、高校ぐらいの行動範囲がほぼすっぽり収まることに気づき、走ってみた。

小学校のころ、ちょっと遠いと思っていた友達の家が非常に近いことに驚いた。高校までのチャリ通もそれなりの距離を通っているつもりだったが、走ってみたらそれほど遠くないことに気づいた。

かつてあったガソリンスタンドの多くが、なくなっていた。コンビニは、昔あった位置にはなく、付近の巨大駐車場つきのコンビニに置き換わっていた。東京に比べ街灯が少ないので、6時半ぐらいまでは暗闇を走っている感じだった。

家のすごい近くでショートカットしようとしたら行き止まりに遭遇。半径1kmぐらいのところでも知らないことがたくさんあった。走るのは、身近なことをより知ったり、行動範囲を広げるという意味でものすごく意味があるなぁ。

2012年1月 1日

あけましておめでとうございます 2012年元旦

みなさま、新年あけましておめでとうございます。昨年5月に祖母他界のため、年賀状は失礼させていただきました。

さて、年末に今年の総括を書きましたが、それを見て「いいね!」してくれた友人の一人が僕のシンプルな思考がいいよねとよく言ってくれるので、今年について一行だけ書こうと思います。


2012年は起業時にやろうと思っていたことを再確認しつつ、攻めの経営をします。


状況の変化にはその都度対応してきたつもりです。でも、状況の如何にかかわらず、自分がしようと思ってきたことをきちんとやっているかを検証し、どんどんやっていきたいと思います。

正月早々地震があり、昨年に引き続いて不安を感じざるを得ない年明けではありますが、天災や環境の変化は言い訳にせず、自分たちを成長させる糧だと信じて、行動しまくりたいと思います。


今年もよろしく!


株式会社旅と平和
代表取締役
佐谷恭

2011年12月30日

1年を振り返ってみる

年の瀬なので1年を振り返ってみます。書き方の手法は、PAX Coworking松田顕さんのブログを参考にしています。

1月: 会社の先行きが見えないまま年明け。でも希望を胸に、友人の結婚式でのベトナム訪問を機にサイゴンと台北でコワーキング関連の人と積極的に会う。この一手がヨーロッパのコワーカーとの出会いを生み、来年1月のWorldwide #JELLYWEEKで僕がアジア最初のAmbassadorになるきっかけともなる。

2月: 前年に立ち上げたばかりの鳥獣gigaを閉鎖し、創業直後から関わってくれたスタッフに会社都合で退職してもらうという苦渋の決断をした月。

3月: 毎年恒例の自分の誕生日パーティを開催。事業を始めた意義を再確認した翌日に、地球が揺れた。店舗が営業できない状態になり、動揺しつつ、自分ではどうにもできない事象に対応する必要性の中から多くを学んだ。資金完全ショート。想像を超えた事態になって初めて知ることがたくさんあった。

4月: とにかく自分ができることを続けるしかないと、パクチーハウスの営業時間を拡大。ランチとコワーキングを組み合わせ、一人でも多くのお客さんに直接語ることを心掛けた。他人の感覚からたくさんのことを学んだ。

5月: 関西のコワーキングスペースを初訪問。まだ光の見えない状況でもがくことで見えてきた実感を伝えているうちに、全力で頑張らねばと決意。この後、関西でもJellyの波が。また、震災ボランティアのマネジメントを依頼され、一週間仙台と南三陸町に滞在。自らの目で被害を見た。

6月: テレビや雑誌の取材が一気に増えた。また、契約上家賃を払い続けていた鳥獣gigaでのビジネスプランがいくつも持ちかけられるが、すべて決定とはいかず。そして内装をすべて解体。そのときの虚しさは絶対に忘れない!

7月: コワーキングの面白さを初期から感じてくれた藤木穣さんが、コワーキング起業でPAX Coworkingに入居。事業開始から1年で、光が見えてきた。またキャボス会議にゲストとして出席。行動することの大切さを、多くの人から教えてもらう。

8月: New Work CityのTonyさんが来日。コワーキングを広めるイベントが開催できた。また、初めて会う外国の人と、同じ事業をしているということで瞬時に通じ合える面白さを実感。いろいろな国で事業をしたいと思った。

9月: メドックマラソン出場。世の中にはスケールが違いすぎることがたくさんあるのだなと感心。スペインで多くのコワーカーとディスカッションし、感覚を磨く。自分が持っている枠を常に打ち破る必要性を痛感。コワーキングが日本のメディアに出始める。

10月: コワーキングの見学者・取材が激増。毎日の半分以上を新しい人の出会いで費やすことになった。「働き方」に関する講演依頼なども出てきた(2011年後半で、中学生、高校生、大学生、社会人向けにそれぞれ1回ずつ行った)

11月: なんやかんやでパクチーハウスは4周年を迎えることができた。パクチーとコワーキングで、2日連続NHK出場の快挙。またコワーキングスペースで始めた読書会をきっかけにより幅広い層の人と出会うことになった。資金調達や事業拡大に関して、より深く考えるようになった。

12月: すでに上場したり、事業基盤がしっかり完成して安泰ともいえる状況にある友人たちから新たなチャレンジの話を聞いて、触発された。いつも順風満帆とはいかない。でも自分が思い描く世界を創り上げるために、やることたくさんあるから、やらなくては!


2012年は、パクチーハウスとPAX Coworkingのレベルを上げたいと思います。表面上は飲食業とオフィス事業なのですが、どちらも"交流する"ことがベースで、今の日本に決定的に欠けているものを提供するものです。僕がやっているこの2つは現在は「特殊な空間」として捉えられていると思います。その特殊さが当たり前になるように働きかけて行きます。僕の手でも、他人の手でもいいので、"交流する飲食店"と"パーティするように仕事するオフィス"を日本中、アジア中、世界中に広めていきます。

僕は自分が事業をやるうえで得たノウハウ等はすべて公開し、同じようなことをやりたい人を支援したいと思っています。講演・コンサルの依頼は大歓迎。起業を志す人は、一瞬のためらいもなく連絡下さい。

2011年12月22日

パクチーハウスで働きませんか?

パクチーハウス東京では、スタッフを募集しております。(1)調理経験があり、厨房業務を仕切ってくれるコミュニケーション料理人と、(2)店の全体を見てお客さまに飲食以外の付加価値をも提供し、お客さま同士をつなげるカタリストの役割を担える人を探しています。

人が好き、料理が好き、旅が好きな声が大きくて好奇心あふれる方!前向きで世界をよりよくしようという信念の強い方のご応募をお待ちしています!

飲食店の仕事は地道で丁寧な作業の繰り返しです。大きな夢を持ちつつ、笑顔あふれる空間を支えるやりがいのある仕事を、パクチーハウスでしませんか。今回社員候補は、2名の募集。1月15日までにご応募いただいた中から選考いたします。


(1)コミュニケーション料理人
飲食業の現場で実務経験があり、いろいろな料理にチャレンジしている/したい好奇心あふれる料理人を募集します。「外食は旅だ」という文章を以前書いた通り、食事は人と人とがつながる可能性を秘めていますし、人を笑顔にするものだと考えています。その笑顔まで責任を持ってプロデュースしてください。

「パクチー料理」というジャンルはかつては存在していませんでした。今も、ジャンルとして世の中から認められたわけではなく、一部の方がやっとその言葉を使い始めた程度ですが、世界中からパクチーを切り口にいろいろな料理を集め、それをさらにアレンジしてたくさんの料理を生みたいと思っています。そしていつか料理の一ジャンルと認めてもらいたい。そのために意欲的に新しいパクチー料理を創りたい気持ちも重要です。

(2)カタリスト
職業としての接客経験、または旅人として多くの人と飲み語った経験のある方を優遇します。注文を聞いて食事を出すのはもちろんのこと、たくさんの人がさりげなくつながる仕掛けをどんどん作っていただきたいと思います。

パクチーハウスにあるPieceOfPeaceプラザでは、お客さんが写真・絵画その他の展示ができますが、それを見る人と直接つながるということが一つの面白さになっています。樽を囲んでの立飲みスペースはお客さん同士が自然に集まり語る場を目指しています。また、ブログやfacebooktwitterを使ってお客さん同士をつなげたり、店にいないときにもパクチーハウスを楽しめるよう努力しています。


どちらも社員候補として募集します。最大6カ月間の試用期間中は、アルバイトまたは契約社員といたします。また、同時に(3)アルバイトも募集していますので、土日を中心に週3日以上パクチーハウスで働きたい方はぜひご連絡を下さい。

パクチーハウスでスタッフ募集!

2011年12月 8日

Coworking saikoo! (コワーキング、最高!)

今年もコワーキングアドベントカレンダー2011に参加しています。

昨年よりも多くの人が、積極的に参加してくれたのが嬉しい。25の枠が、あっという間に埋まった。昨年のを見てみると、ほとんどが知り合い。コワーキングに参加してほしい人に、無理矢理書かせたものもあった。今年は番外編もやることになり(クリスマスで終わる理由ないじゃない)現時点で30人がコワーキングについて何か書く。

2010年の最後のPAX Jellyは、すでに今回のシリーズで河村さんジャッキーさんが書かれているように、日本のコワーキングや潜在的なコワーカーにとって非常に重要なターニングポイントとなったようだ。Jellyを開けばなんとか人が集まる状態になっていて(逆に言うと、Jellyを開かないと人が来ないというスペースオーナーにとっては非常に苦しい状態=今年の7月までそれは続いた)、アドベントカレンダーでの意欲的な文章群とあわせて、多少の手ごたえはあった。しかし、心の中でコワーキングを広めるにはまだまだ時間がかかると覚悟せざるを得なかった。

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友人や会社の経営についてアドバイスをくださる方にも直接的・間接的にコワーキング事業は成り立ち得ないのではないかと疑問を呈され、自分の頭の中の理想的なイメージをきちんと伝えることができなかった。会社の業績もその他の原因もあり一時不振になり、スタッフを納得させることもできていなかった。

2011年の年始は非常に悩んでいた。月1−2回の楽しい時間のために、事務所の家賃を払い続けられるわけがないことは分かっていた。でも、その楽しさは、家賃以上の価値があると信じていた。が、どうすればいいのかは分からなかった。

"パーティするように仕事する"オフィスを作ろうと思ったのは、パクチーハウス東京を経営して、お客さまが生み出してくれたさまざまなつながりを見た結果だ。"交流する飲食店"を標榜し、相席やパーティ営業で想いを伝え、「パクチーハウスで面白いことがあった!」と言ってくれる人の言葉を励みにしてきた。そして、人と人とのつながりが、一時的な楽しさや友情を生むだけでなく、ビジネスや社会を変える原動力を生んでいることを目の当たりにした。

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多くの人が一日のうちで最も長く費やすのは、仕事の時間だ。その時間を"パーティ化"することができれば「仕事がつまらない」と言う人が減り、どよーんとして暗い日本の社会を明るく楽しくできるのではないかと考えた。

オフィス事業をやりたいと漠然と思ってからCoworkingという概念に出会うまで8ヶ月かかった。でも、その概念を知ってからPAX Coworking立ち上げまでは2ヶ月強。2010年7月にスペースを開き、半年経ったときに昨年のアドベントカレンダーを書いた。

自分自身の悩みの中に、「コワーキングスペースは日本ではもしかして根付かないかもしれない」という気持ちも正直としてあった。Jellyはある程度流行るだろう。でもスペースはどうかなと思った。しかし、日本にたくさんのコワーキングスペースができなくても、世田谷区の経堂にすごい面白い仕事場があって、そこに人が集まることはありうると思った。パクチーハウスという業態に4年経った今も追随する人が誰もいないように、コワーキングも日本ではほとんど誰もやらないかもしれない。でも、多くの人がやらないことと、そのスペースができないことは同義ではない。

僕は自分が作る最高の仕事場を、もし日本で他に運営する人が増えなくても面白くなるようにしようと考えた。コワーキングという言葉は、今でこそメディアにも多少出ているものの、昨年の今頃はまだ、マイナーワードにも入らないぐらいのものだったと思う。でも、僕が敢えてコワーキングとかジェリーとかいうキーワードを、訳さずにそのまま使おうと決めたのは、コワーキングスペースでの仕事が瞬時に世界とつながれるようにしたいと思ったからだ。

僕が自分のオフィスをコワーキングスペースにしようと思った決定的なきっかけは、coworking visaという発想を知った時だ。「あるコワーキングスペースに属している人は、他のコワーキングスペースも使えるようにしたら素敵じゃない?」という呼びかけに対し、世界中のコワーカーがメーリングリストで「いいね!」「いいね!」と面白がっているのを目の当たりにした。提携したり、資本関係があるわけではない。そこにあるのは(会ったことのない人にたいしても、コワーキングスペースという概念を支持する者同士としての)信頼関係だけだ。「オレは○○にあるコワーキングスペースから来た」と言われたら、諸手を挙げて歓迎する。そういう人たちの一員でありたいと強く願った。

2011年は世界のコワーキングスペースに認知されようと思った。アメリカから始まったコワーキングスペースは、2010年後半にヨーロッパでずいぶん伸びた。日本はどうなるか分からないけど、アジア全体を見ればある程度の数のコワーキングスペースが2011年にはできるんじゃないかと期待した。そして、僕はアジアのコワーキングスペースを勝手に率いようと決めた。

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年初、友人の結婚式がベトナム・サイゴンであった機会を利用し、僕はサイゴンでコワーキングスペースを立ち上げたいと希望する会社を訪問。本当は少ない経験に理想論を運営のノウハウのように語ってアドバイスしてきた。そして、帰りに台湾を訪問し、台北でなんとかJellyを根付かせたいと考えるグループと会い、Jelly運営のコツと日本でのエキサイティングな体験を話してきた。

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そして、大げさなのは承知で「アジアのコワーキングスペースに次々アドバイスしてるぜ!」と世界のコワーカーたちに宣言。すると「いいね!」のメッセージをたくさんもらい、コワーキングに関わる知り合いができた。

その波をさらに利用すべく、その直後に開かれた「European Jelly Week」(ヨーロッパ中である一週間の間にJellyをしまくってその情報共有をしよう、そしてJellyやcoworkingの認知度を上げようという運動)に欧州以外で唯一名乗りを上げた。かなり強引な展開なのだが、ヨーロッパのコワーカーたちがものすごく歓迎してくれた。(2012年1月16日から今度は「Worldwid Jelly Week」が始まるが、彼らがそれを企画している段階で僕をアジアで最初のAmbassadorに指名してくれたのは、これがあったからだ)

それが功を奏したかどうかは分からないが、2月に突然オランダ人がPAX Coworkingの門を叩いた。また、PAX Jellyに出入りするコワーカーの皆が、Jellyやその後の飲み会の写真をどんどんFlickrに上げてくれ、それを紹介すると世界の誰かが反応してくれるようになった。また、パクチーハウスで飲んでいる様子がかなり楽しそうに見えるようで、いつか参加したいとも。そして、写っているビール瓶を見て「オレの国のビールがなぜそこに!」なんていうやり取りもあったな。

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7月に藤木穣さんが独立し、メンバーになってくれたことはすごく嬉しかったし、そこがPAX Coworkingのターニングポイントでもあった。最初の数週間、孤ワーキングまたは個ワーキング状態を経験させてしまい、スペース運営者として数ヶ月で勝負をかけなければ終わりだという思いを強くした。その頃には事務所などの一部を開放する形のコワーキングスペースがいくつか出来始めていたが、まだ普段使いの「自分のオフィス」とできるところは東京に存在していなかったので、踏ん張りどころだとも思った。

8月3日に、New Work CityのTony Bacigalupoが来日したことがもうひとつの大きな出来事だ。すでに彼と知り合いだった市川裕康さんがイベントを企画したので、どんな手段を使ってもプレゼンしたいと思った。誰がプレゼンすべきか相談を持ちかけられたときに、ごめん、他の人の名前も挙がっていたけど僕しかないとかなり主張させていただきました。気負い過ぎて必要以上に緊張したけども、このプレゼンをする機会を与えられたことで世界向けの宣伝文句「Working while Partying」という言葉を生み出すことができた。

このイベントは「ニューヨークの」「新しい働き方」と言ったタイトルがすごくよかった。コワーキングという言葉を初めて知ってくれた人がかなりいたし、そこで出会った人がその後PAX Coworkingを訪れてくれたり、自らコワーキングスペースを開いたりしている。

市川さんは、Tonyに僕のことを「Jelly founder in Japan」と紹介してくれた。それと、「Working while Partying」というフレーズ、そしてほとんどの人が帰った後のカラオケなどで面白いと思ってくれたようで、翌日イベントで忙しい中PAX Coworkingパクチーハウス東京を訪問してくれた。そして友情のメガジョッキを飲んだ。本格的な飲食店とコワーキングスペースの組み合わせは珍しいし面白いとの感想を聞き、特徴を生かしてスペース運営をしていきたいなと思った。(Tonyの東アジア訪問記

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9月。メドックマラソン出場のため欧州訪問。「東京のヤツがあのクレイジーなマラソンに出るってさ」と、ヨーロッパのコワーカーが話題にしてくれた。そして、訪問先のフランス・スペインでいくつかのコワーキングスペースを訪問。Coworking spaceを運営していてJellyを頻繁に開催しているというと、かなりの程度出会ったコワーカーと打ち解けた状態で会話を話すことが出来た。共通言語と信頼が前提にあるという感じ。初めて会ったのに。これまでたくさんの国を旅したけど、最初からここまで関係性が築けるってのはなかった。僕も同じことをこれから出会うコワーカーに返そうと思った。コワーキングスペースを作ってよかったと思ったし、CoworkingやJellyという単語をそのまま使っておいて本当によかったと思った。

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秋から、Worldwide Jelly Weekを前にしたやり取りをごくたまにしている。何が起こるか分からないし、自分たちが動かなければ何も起こらないだろう。日本のコワーキングに関わる友人たちには、1月16日から始まる一週間にJellyをとにかく開催してもらいたい。その間にこれまで参加したことのない人に声をかけてほしい。そして写真を撮って、とにかく世界のみんなに笑顔を届けよう。「仕事が楽しい」ことで通じ合えるのはsaikoo!だ。笑顔の力で、一人でも多くのコワーカーを来日させたい。日本のコワーキングスペースに刺激的なスパイスをもたらしたい。そして、一人でも多くのコワーカーと、つながろう。


最後に、コワーキングスペースにかかわる人に「どうしてコワーキングしてるの?」と聞くと、笑顔とともに必ず返ってくるフレーズを紹介しよう。


"to make the world a better place"


空間とアイデアとリソースを共有して、それぞれが願う「理想の世界」に向けて駆け足で進んで行きたいと思う。コワーキングスペースでしている僕たちの仕事は、世界をもっともっと面白い場所にするための一歩としたい。PAX Coworkingで晴れた顔で業務に打ち込む僕らの仲間から受ける刺激は大きい! 笑顔で仕上げる仕事の偉大さを感じて、実行しましょう。


Satani, Kyo
Chief Catalyst
PAX Coworking

2011年11月30日

河口湖一周マラソン(27km)

河口湖マラソンに参加。メドックマラソン参加直後に、駒沢Run&Drinkというfacebook groupを発見。迷わず入ったらその人たちの縁で、参加することにした。「前夜祭でワイン飲もう!」と誘われたから喜んでついて行った。

先日の世田谷246ハーフマラソンの反省を生かして、無理に飛ばさないことを誓いスタート。ほぼ最後尾からスタートした。スタート地点まで20分以上かかるというこの大会には、約14,000人が参加。27kmを2時間36分(ネットタイム)で走った。富士山を見ながら、ツイートしながらのゆっくりラン。景色のいいところを走るのは気持ちいい。

今回は最後尾から走ったからか、246の時に比べピリピリした緊張感がなかった。気温は0℃前後だったようだが、熱気でそれほど寒くなかった。いい雰囲気で、今後もたまにマラソン大会でてもいいなと感じた。


2011年11月20日

4周年

旅と平和の佐谷恭です。

おかげさまでパクチーハウス東京は本日4周年を迎えました。これまで支えてくださったみなさま、ありがとうございます。

パクチー料理という新しいジャンルを作り、一方で飲食店を交流の場としたいと思ってこれまで運営してきました。全くの素人で、訳も分からず始めたのがちょうど4年前。スタッフとお客さんの力を借りてマイナーチェンジを繰り返し、パクチーハウスというスタイルを確立してきました。

これまでも、これからも、変化を繰り返しながら面白い店づくりをしたいと思います。引き続きどうぞよろしくお願いします!

2011年11月15日

初レース

世田谷246ハーフマラソンに出場した。複数の友人から出ようと言われ、皆で申し込んだ。僕だけ当たった。というわけで単独参加。

当選の連絡が来たのがメドックを走った直後、フランスにて。そのときはテンションがすごく上がっていたが、実際走るとなると、かなりビビったよ。とはいえ、メドックマラソンでフルを走りきったし、25kmぐらい朝ランしてもなんてことないので、全然平気だと思って臨んだ。「自分のペースを守ればいい」。

スタート地点の雰囲気は、ピリピリしていて好きじゃなかった。メドックと全然違う!当たり前だが。ほとんどの人は自分の"記録"を狙っているだろうし。ゆっくり走ろうと思いつつ、スタート地点では少しでも前に行こうと思う自分がいた。

スタートした直後は、人が多すぎてあまり走れない。その中で人をかきわけて、どんどん進んだ。数百人抜いただろう。自分のペースはどこかへ行った。あとでRunkeeperで確認したところ、4min./km 強で走っていた。飛ばし過ぎた。駒沢公園スタートで、二子玉川に着いた頃には20年ぶりぐらいに横っ腹が痛くなっていた。

最初の給水所のある6km地点ぐらいから、早くも失速。多くの人に抜かれた。後でタイムをみると、いつも走っているぐらいのペースで進んでいたが、出場者は早い人が多いのだろう。制限時間が2時間10分の大会だからなぁ。川沿いを走って狛江で折り返し、等々力へ行くまでに相当数の人に抜かれた。

多摩川沿いは時折走っていて慣れているはずだったが、最初の飛ばし過ぎもあって「長い」と感じた。結構しんどい。なんとか走り続けて、等々力で多摩堤通を左折したらすごい坂が待っていた。

坂があるのは知っていたが、そこを走ったことはない。はっきり言ってきつかった。15km走った後の長い坂!メドックならばこの上にはシャトーがあるのだが、世田谷にはない。登り始めてすぐに脚がつった。自宅から駒沢公園まで7.5km走った疲れもたまっていた。

それからゴールまでは、足をかばいながらのラン。流した感じ。一度つった右足ふくらはぎをかばっていたら、左足のふくらはぎも痛くなり、さらに右足の太ももも。もっと鍛えなきゃだな。ゆっくり走ったら25kmぐらいまではいけると思うけど、レースという特殊な環境では、自分のペースを守るのがかなり難しいと思ったので。

最終的にタイムは1時間48分だった。平均時速はいつもより早い。レースはタイム伸びるよと言われたが、まさにその通りとなった。

単独参加だったが、たまたまスタート前に待機しているときに、前に座った方がTBRCのTシャツを着ていたので声をかけた。以前に一度だけ会合に参加したことのあるラン団体だが、Tシャツが特徴的だったのですぐに気づいた。その他、走っている人のTシャツは結構気になることが判明。面白いTシャツで走るのはいいかも。また、過去のいろいろな大会のシャツを着ている人もいて、自分が出ていたら声かけたくなるね。旅しているときも、自分が行ったことのある場所のシャツを見つけては声をかけて友達になっていた。何度も出ればそういう風になるかね。というわけで、11月27日は河口湖マラソン(27km)。立て続けにマラソンに出場する自分が自分でも信じられないが。



2011年11月11日

まもなく4周年

パクチーハウス東京は、まもなく4周年です。11月20日21日にパーティをするので、ぜひ来てください。

1周年のときにメルマガを始め、2周年のときに地球を救う"手食"カレーライスを開始。3周年のときにはオリジナルiPhoneケースを作成。そして4周年を前にして、本日からパクチーハウス店内で【雑穀料理専門ブランチ cocuu】が始まります(木~日11:00-13:30LO)。

今回は僕でも株式会社旅と平和でもなく、元スタッフのうっしぃがプロデュース。彼女が専門分野の雑穀を使ったオリジナル料理を皮切りに、独自の世界観を実現していく予定ですが、その第一歩をパクチーハウスのお昼の時間から踏み出すこととなったのです。うっしぃにとっても僕にとっても大きなチャレンジです。

'11年11月11日11時11分11秒スタートです。よろしく!

2011年11月 6日

2日連続NHKを支えたコワーキング

株式会社旅と平和でやっている2つの事業が、2日連続でNHK番組で紹介された。最初は11月5日(土)の「土曜スタジオパーク」。パクチーハウスのスタッフがパクチー料理を教えるというネタ。そして2つ目が6日(日)の「サキどり↑」。コワーキングが特集され、最初のVTRのほとんどがPAX Coworkingのコアメンバーで構成された。

どちらもそれなりに力の入ったコーナーだった(各10分程度)。自分たちがやっていることがそれなりに注目され、認められた結果ではあると思うので素直にうれしい。店名が出ないのは以前パクチーハウスと鳥獣giga(現在は閉店)がNHKに取り上げられたときと同様だった。"パクチー料理専門店"とまで書くのなら「パクチーハウス」と書いてもいいんじゃないかなぁ。

店名が出ないのはほぼ承知していたので、前日にTシャツを拵えた(笑)。店名を書くのもイヤらしいので、パクチーの葉っぱマークと"paxi"のスペルのみ。シンプルな構成で、なかなかいいのができた。そして、見事NHKに"paxi"という文字の露出に成功。やったね。

シャツを作っちゃえという話がスタッフとの話で出てからの展開が面白かった。発注先をスタッフに調べてもらいつつも、PAX Coworkingのメンバーに話をして布の印刷が専門の堀江さんに相談。複数の取引先に相談してくれ納期やロットについてあっという間に調べてくれ、1時間後には「自作が一番」との結論を下しT-シャツプリンターを発注していた。出演前日に堀江さんの指導の下、そのときいたメンバーの協力を得て作成。「ものづくり」の面白さを体験し、はしゃぎながら作っているうちに、「俺も、俺もつくる」ということになり、PAX CoworkingのTシャツプロジェクトが生まれた。「サキどり↑」の特集もよかったが、そんなところでコワーキングが力を発揮していたことは、もちろんテレビでは分からない。

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「土曜スタジオパーク」は生放送だったので、結構緊張した。10日ほど前に話があって、ぜひともうちの正社員2人と共演したいと思い、皆で一緒に行くことにした。テンションを上げて行こうと、渋谷の象徴であるハチ公前に集合。そこから3人で歩いてNHKを目指した。画面に出たのは2人だけだったが、生放送中のバタバタする中、臨機応変に変わる先方の指示に従ってパクソースのパスタを出したのがのむっち。めちゃめちゃ緊張したと言いながら、VTRを見る限り落ち着き払った宙さんが、石原さとみさんとビビる大木さんにパクチー料理を教えた。僕は段取りが決まっている中でいかに小ネタを出すかに注力したが、流れに流された感はある。もっと慣れたい。パクチー帽を持っていったが、リハーサルではOK出たのだが、昼食を食べているときNGが出た。明確な理由はなかったが「NHKですから」と。残念だった。が、裏方を務めてくれたのむっちが生放送中ずっとパクチー帽をかぶっていてくれた。

ところで、番組の中で"paxi"のスペルについて触れた。小田切千アナウンサーが「これでパクチーと読むんですね」と聞かれたので「そうです」と答えた。この単語は僕の造語で、タイ語の"パクチー"のスペルが"phakchi"と難しすぎるので簡単にかけるようにこうした。パクチーは和名(学名)でコエンドロということになっているが、定まった言い方はない(コリアンダー、香菜、パクチーなど)。なので、日本パクチー狂会やパクチーハウスでの活動を通じて"パクチー"ということを決め、スペルを"paxi"としたというのが真実だ。日本パクチー狂会の権威を以て勝手に命名⇒少しずつ定着ということだ。

"paxi"のスペルを作ったのは6年以上前。日本パクチー狂会を旗揚げした時だ。上述の通り難しいスペルを避けたいと思い、親しみのある短いものを探した。1週間以上各国言語を調べ、いろいろなスペルを書いた。その上で決めたのが"paxi"だ。ご存知の方も多いと思うがラテン語の"pax"(平和)と" i "(人、というか旅人の象形文字)を組み合わせた。当時は株式会社旅と平和という会社を作るということは夢にも思っていなかったが、"旅と平和"というコンセプトはすでに僕の頭の中にあった。

番組内で頑張ったのは「緑」へのこだわり(パクソースには根っこを入れない説明)だ。「パクチー100%を目指す」というのもそうした趣旨だ。そして、「最低89%」と無理矢理発言したのは、89(パク)をアピールするため。流れの中では一般のお客さんには分からなかったかもしれないが、パクチーハウスや僕のことを知っている人ならニヤリとしたはずだ。

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「サキどり↑」についてはすでに収録していたので、放送日を待つのみだった。結構念入りで、ディレクターや撮影陣は、PAX Coworkingだけでも5回以上来ている。J-waveの収録に行かねばならなかったので途中までしか見れなかったのが残念。後で見たい。自宅や行きつけのファーストフード店でも撮影したメンバーもおり、取材の大変さを皆で味わった感じだ。メンバーおよびドロップイン・ビジターの協力に感謝したい。僕が主宰する個人飲食店経営者の勉強会「飛部会」にも撮影が来たのだが、全く一言も触れられず...残念。僕もほとんど出なかったが、いつも机を並べ、食事をともにするメンバーが入れ代わり立ち代わり出てくるのは感慨深かった。そして、小ネタとしては、メドックマラソン2011のシャツを着ていた。ちなみに、女性のためのコワーキングスペース「cococi」も、PAX Coworkingのインターンをした方が開いたスペースであり、それぞれの生活状況にあわせて素晴らしいスペースができつつあるなと嬉しく思った。

スペースの名前こそ出なかったものの、数件問い合わせが来たのは嬉しい。そして、一年前は誰も見向きもしなかったコワーキングという言葉が、twitterやfacebookで数時間氾濫したことに心躍った。"交流する飲食店"も"コワーキング"もようやくスタート地点に立ったと思う。僕がひとりごちてたまたま周りにいる人が面白がる時期をようやく終えて、スタッフやメンバーどころか全く見たことのない人が、こうしたことを発信し、創造することがどんどん増えるだろう。