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Essay     吟遊詩人はかく語りき

 

「故郷では忘れられ、余所では名もない。それが旅人の宿命だ。」
(J・プレヴェール 悪魔が夜来る より)

旅を長く続けるとどうなるのかといふ一例をここに示します。
日本を出発してから八年目といふ 三十歳くらいの男性にクチャの安宿で三日ほど一緒になったのですが。その男性は短波ラジオにむかって一晩中話し掛けていました。
次の日は一晩中震えていました。
三日目は・・ここではとてもかたれません。
もはや”旅行者”ではなく”求道家”あるいは”中毒患者”と呼んだほうがふさわしく思えました。
皆さん、旅に疲れたらおくすりやニコニコ食堂のかつどんなどに頼らずこまめに日本へ帰りませうね。

「こわがらなくてもいいのよ。なんにもしないから。
ほら、お取り、お腹いっぱいたべるのよ。
ずうっと、お腹をすかせていたものね。ごめんよ、許してね。
 ほうら、もう一つ・・・そっちよ、砂の中・・・。」
(ミヒャエル・エンデ ハーメルンの死の舞踏 より。)

中国で現地人と貧民街を歩いているとき”道端に座りながら道行く人々に金銭を乞う人”に対し、友人を気遣い”ホームレス”といふ言葉を用いたところ友人よりあれは”乞食”です、といふ指摘を受けました。
理由を尋ねたところ「ホームレスは”状態”で乞食は”職業”である」との答え。
なっとく・・・。

「オムカエデゴンス・・」
(手塚 治虫 ブラックジャック より)

旅先で下痢と発熱が十日間とまらず意識朦朧としているとき夢の中にでてきました。
「『お二人ともさぞ気立てのよい方だったんでしょうなあ』
うす汚い顔をした男は言った。
 『ええ そりゃもう』
旅商人が答えた。
 『まったく、じつに気立てのよい人間でしたよ。』」
(チャールズ・ディケンズ 旅商人のはなし より)

よく旅人同士が、あの国の人は気立てがよいとかやさしいとか 評価しておりますが 悲しいことにわたくしめは 日本をこえるひとのあたたかさに海外で出会ったことはありません。
ま、彼らがだれに対してのやさしさを語っているのかは不明ですが。

「なければ不便 だが、あれば不便というものは?
 とナゾナゾのような言いかただが、
 それは電話というものだと、私はきめている。」
(深沢 七郎 夢辞典 より)

衛星携帯をもって旅をしている人に広州ではじめて出会いましたが、なんと母親に毎朝、電話で起こしてもらっておりました。
アンコールワットでGPSをつかっている方もお見かけ致しました。
もはやこれらの”電波”から逃れるには宇宙旅行くらいでしょうか。
あっ、宇宙のほうが電波状態が良いのか。つねにアンテナ三本立っていたりするんでせうね。やだやだ。


「夜になるまで雨は、そのままふりやまなかった。
 放尿するような淋しい音を立てて、船はすすんだ。」
(金子 光晴 爪哇〈ジャワ〉より)

船旅にあこがれて鑑真号にのろうと思っている人、それは間違いです。
私はあの船に台風の為、一週間閉じ込められましたが。乗客は極度の疲労と船酔いの為、まさに地獄絵図でした。
ちなみに船員さんも吐いてました。

「医者がいなかった時代、人は病気になっても、病気であることを知らずに苦しみ、病気のせいであることを知らずに 死んでいった。しかし医者が生まれて、我々は病気であることを知った上で苦しみ、病気であることを知った上で、死ぬことが出来るようになった。
『何故死んだかって?だから言ったでしょう、心臓が停ったからですよ。』」
(別役 実 悪魔の辞典 より)

海外で医者にかかるのはとても勇気がいることです。ましてや言葉の通じない医者には。昔、バンコクで医者にかかった時、いくら病で弱っていたとはいえとっさに英語で左右がいえなかったときは自己嫌悪のあまり自殺しそうになりました。

「今日は十六時間眠った。昨日十三時間眠ったあとの十六時間だけに、これはみごとと言える。これだけ眠るには少しのコツがいる。もちろん、途中で何度か目がさめるのだが、さめたときに、今見ていた夢のしっぽをきっちっとつかまえておくのである。そうすれば、トイレへいっても水を飲んでも、横になれば夢のしっぽをたぐって眠りに入れる。」
(中島 らも 固いおとうふ より)

旅で大切なのは、体力でも根性でも語学力でもなく、いついかなる場所でも「眠れる」ということだと思う。この能力さえあればどこの国においてもうまくやっていくことが出来るでせう。
ま、お金が一番大切だ、といふ声もありますが。

「ジョバンニはその地図をどこかで見たようにおもいました。
『この地図はどこで買ったの。黒曜石でできたるねえ。』
 ジョバンニがいいました。
『銀河ステーションで、もらったんだ。君ももらわなかったの。』」。
(宮沢 賢治 銀河鉄道の夜 より)

むかしバックパッカー暦50年のフィリピン人のじいさんに地図はなにがおすすめかと聞いたところ。
「地図は自分で書くもんだ!」
と説教されました。


「旧詩を吐き終った李微の声は、突然調子を変え、自らを嘲るがごとくに言った、恥ずかしいことだが、今でも、こんなあさましい身と成り果てた今でも、おれは、おれの詩集が長安風流人士の机の上に置かれている様を、夢に見ることがあるのだ。岩窟の中に横たわって見る夢にだよ。笑ってくれ。詩人になりそこなって虎になった哀れな男を。」
(中島 敦 山月記 より)

人から聞いた話ですが。高山病にかかると、人はどうやら昔のことをやたらと思い出すらしいです。高度6千メートルの山々を越えるゴルムドという町からチベットにむかうバスの中では。みなが高山病でぐったりとしながら、各々ひたすら昔話を繰り返しているらしい・・・

「俗に狸のきんたまは八畳敷といわれるが、事実は大きな開きがあった。
厳密なる調査の結果、0,0002畳敷であることが判明した。」
(安野 光雅  安野光雅の異端審問 より)

 海外で数や重さの単位ほど旅行者を困らせるものはありません。
 中国の蘭州というとの屋台でころで餃子を10個注文したつもりがなんと10キロでてきてしまい。食べきれなくてホテルまで持ち帰ったのですが、なにせ10キロなので持って帰るだけでも大変でした。
 あ、それから白髪三千丈の三千丈はおよそ10キロメートルくらいだそうです。

「子供が5つになったとき、軽業師の一行が流れてきて、村役場の前の広場に小屋をかけた。ジャンはそれを見て家を抜け出した。父親は永いあいだ探した後で、芸を仕込まれた牝山羊や軽業をする犬に取り巻かれて老人の膝の上で高い声をあげて笑っている息子の姿を見つけた。」
(モーパッサン 聖水授与者 より)

 敦煌の見世物小屋にスイカを一回りおおきくしたような壺に入った少女がいた。生まれたときから壺の中で育てられたというふれこみだそうで、それを見た日本人の医学生が中国だったら有り得ると感心していました。
「そんなあほなことあるかいな」とその医学生に言ってみたのですが。彼はいたく信じておりました。
あ、それからその少女が質問コーナーで「毎日何をたべているの?」という質問に対し、「パンと牛乳」と答えているところがすごくかわいらしかったです。


「拳銃の発射音が『ずがーん』だの『ばきゅーん』だのというのはすべて劇画の中だけのことであって、実際には最近の拳銃、『ぱあん』という軽く透明な、澄んで晴れ渡った青空の如き音がする。」
(筒井 康隆 笑犬楼よりの眺望 より)

銃口をむけられたことがみなさんはおありでせうか?
僕は某社会主義国において職務質問のときに銃をむけられたことがあるのですが、人間ここまで卑屈になれるのかという程、卑屈になれるものだと思いました。そのあと8時間くらいふるえあ止まりませんでした。


「ようするに哲学がないのだ。産業革命以来人は哲学を放棄したのだ。私はロシアのような中国のような半ば未開な国があって、日本のような食い物を棄てる国があって、アフリカのような飢えている国があって、世界はバランスがとれているのだと思っている。世界中がアメリカのような、また日本のような国になるのは望ましくないともっている。
(山本 夏彦 世は〆切 より)

さてさて、むずかしい問題ですね、経済格差といふものは私達ていどのちんけな旅行者でもその国では相手の人生を左右する程の現金を持っていることはよくあることだと思います。
そこで貧しい人に出会った場合どうするか?よく夜中のドミトリーであつく
話し合われる議題ですね。
僕は貧しい国への旅行は、タイムマシンの旅のやうなものだと思います。つまり、(自分の好奇心のために)そこに自分が存在するだけでその国(あるいはその時代)の人になんらかの影響を与えることになりますが、その影響を最小限にとどめることが旅行者の心得だと思います。
よく乞食に多額の現金をわたして悦にいっている旅行者を見かけますが、どうでせうね ぼくはいつもこういう場面をみるとドラえもんのワンシーンで江戸時代の人を助けたいとだだをこねるのび太くんと、それを窘めるドラえもんという構図がめにうかびます。
むずかしいところでやんす。


「握手のマナーで大切なことは、相手の力を確かめながら、同じ力で握ることが望ましい。いきなり強く握って驚かせるのはヤボだし、反対に相手よりも
握り返す力が弱いと、不本意なのに仕方なく手を握っているように思われてしまう。」
(妹尾 河童 河童の手の内幕の内 より)

ぼくは握手という習慣がいまひとつ好きになれません。
ま、たいていは西洋人のほうから求めてきて、それにこたえるといふかたちで握手をすることが多いと思いますが。とくに旅行中にであう西洋人ってなんかきたなくないですか?彼等の手は、そしてやたら強くにぎってきませんか?
ゴルゴ13のやうにかっこよく握手を拒否できないものかと思案しているのですが、なかなかうまくいきませんね、あこりゃ。


「・招聘保証書、名簿、滞在予定表
・招聘保証人の職業を証明する書類
・招聘保証人の最新の市町村区発行の課税証明書(総所得額の記載されてい
るもの)
・招聘保証人が日本人の場合は本籍地の記載のある住民票(記載事項に省略
がないもの)
・招聘保証人と査証申請人との関係(知己を得た経緯及び交際・交友を深め
た経緯)について説明した文章及びそれを裏付ける資料(一緒に撮影した記
念写真・交換している手紙のコピーその他、招聘保証人と査証申請人との関
係を立証する資料
 なお、招聘保証人が中国にいかれたことがある場合はその際の出入国記録及
び当該査証の記載されている招聘保証人の旅券のコピー等。」
(日本国外務省発行 観光・知人・友人等のための査証申請に必要な書類より)

「中国人が日本に来るのは月に行くより難しい」
と 前からきいてはいましたが 実際に招待する段階になってここまで難しいとは思いませんでした。
皆さんも 日本で中国人をみつけたら やさしくしてあげてください。
あ、それと蛇頭の老板にお金をはらって福井県沖から来られた方は別ですよ。


「今夜 深夜特急(ミッドナイトエクスプレス)に乗るんだ。」
(沢木 耕太郎 深夜特急 より)

さてさて この本に影響されて一体何人の日本人が海外へと旅立っていったのでせうか?
どこの国のゲストハウスにもこの「深夜特急」はおいてあるやうな気がします。
あ、それから皆さん ゲストハウスに続きものの本を置いていくときは全巻置いていってくださいね。
飛び飛びに置いていかないでクダサイネ いや、ほんとに。


「JIS基本漢字が誕生1978年、中国はJIS原案委員会で中心的な役割をはたした西村如彦ら三名の委員を招集し、翌1979年には、JIS批判派と目されていた国立国文学研究資料館の田島一夫を招いている。中国は周到な準備のもとに、1981年5月、GB2312(GB基本漢字)を制定する。台湾では1986年にCNS11643(CNS台湾漢字)を、韓国では1987年にKSC5601(KS基本漢字ハングル)を定めている。」
(加藤 弘一 電脳社会の日本語 より)

「あなたの送った文章が、私の前では化けているあ、こりゃ こりゃ」
と歌ったのは 何を隠そうこのわたくしですが最近は文字化けだけではなく文字コードの違いによる判読不能メールがよく届きます。
このことをベトナム人にいったら「英語ヲ使エナイ大学生ガイル国ハ露西亜ト日本ダケデスヨ。ボクタチハ 
エイゴ デ ヤリトリ シテイマス」とのこと。
だって だって 僕たちが子供の頃はまさかガイコクノ人とお手紙ヤリトリするなんて想像出来ナカッタノダモノ。