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チェックアウトを済ませる前に、少しお土産を買ってこようと思い立ち、まずはバザールへ。イランにはいろんなお土産がある。地方色も豊かだ。ペルシア更紗、象嵌細工、真鍮細工、絨毯、ミニアチュール…とざっとあげてもこれだけある。その他にも塩味、レモン味、さとうがけのピスタチオ、スパイスにお茶、イスファハーン名物のギャズ…。
ペルシア更紗を何枚か買い求める。お店のお兄ちゃんとの値引き交渉もなかなか楽しい。私って才能あるじゃーん、とルンルン気分だった。
と〜こ〜ろ〜が〜、
他の店でもう一度値段を聞いてみると、私の買った店の3分の1以下。
え、どうして?品質の違い?デザインの優劣?まったく同じもののようだけど?その店のおっちゃんは、哀れむように私を見ている。やられた。ぼられたんだ。浮き足立ったばかな外人女に見られたんだ。くやしい〜。
そのとき、私の中のなにかが爆発した。こっちは楽しい旅を満喫してる。イラン人のやさしさや調子の良さも気に入り始めているのに。あんた一人にぶち壊されたくないぞ。女一人の旅行者だと思ってなめるなよ。
鼻息も荒くその店に殴りこみ、けれどとっても丁寧に返品および返金を要求。お兄さんは渋々してたけれど、結構キツイ目でにらんだからか、お金を返してくれた。
イランには邪視信仰がある。つまり、他人のねたみや恨みなどが自分に災いをもたらす、というナンとも他人への責任転嫁的な考え方である。でもそれが結局、「幸せをおすそ分け」とか「貧しいもの、旅行者にはやさしく」といったイスラムの教えと沿うのかもしれない。わたしの目つきってよっぽど恨みがめしかったのかな。ま、旅行者ですからね。やさしくしてもらいましょう。
教訓:買いたいものがあったら最低3軒は値段を聞いて確かめよう。
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シャー・チェラーグ廟は、シーラーズでももっとも印象深いモスクだった。
このモスクは他のモスクと少し違う。中はすべて鏡張りのタイルワークになっている。光が反射してまぶしい。そして入った瞬間に、ほかのモスクにない異様な熱気に包まれる。この廟は、殉教したエマームレザーの弟の廟である。私が見たのは、彼の棺にすがりつくように泣く女たちや、絶え間なくキスをしては、コーランを唱えている女たちの姿だ。
なんだろう。昔、スリランカ・キャンディの仏歯寺であった老婆を思い出す。
入場料が払えないのか、仏歯寺の壁にすがりつくように全身で祈りを捧げていた老婆。それでも、どこかで買ったのだろう、ちゃんとお花を供えていた。
自分を投げ打つということ。すべてを捧げてしまうほどの信仰。
そういう感覚は、わからない。目の前にそうした存在がいるだけで、なんとなく自分のもっているはかない自信の基盤が揺らぎそうになる。理解はできないし共感もできない。けれど、そうした信仰の強さに感動する事は確かだ。
しばらく、その内部に座ってみることにした。空調が効いている。大理石の床がひんやりと冷たい。お水いる?と、女の子に差し出される。外国人女性が珍しいのだろう。ありがたくお水をもらう。
そのモスクの中では、棺への熱狂的な信仰を一段落した女たちが、まったりとした時間を過ごしていた。寝ている人もいればお化粧している人もいる。コーランを読んでいる人もいればおしゃべりに花をさかせている人もいる。子供たちが、すわっている人の間をぬうように追いかけっこをしている。
日本だったら、こうはいかない。神社やお寺の内部なんて厄払いか法事の時ぐらいしか入らない。観光地のお寺だって、こんな過ごし方はできないだろう。
モスクって、信仰の聖なる場所であると同時に、井戸端会議のできる場所でもあるのかもしれない。
フライトの時間まであともう少し時間がある。最後は、やっぱりもう一回コーラン門に行っておきたかった。コーラン門は車でエスファハーンやテヘランに行くときに必ず通る門で、旅人の安全を見守ってくれるといわれている。ここの左側の崖は公園になっていて、展望台と洞窟にカフェがあり、どちらもとっても気持ちがいい。
特に夜は涼しい風が吹いて、夜景もとてもきれいで、遅くまでカップルや家族連れのピクニックでにぎわっている。私も毎晩やってきてはお茶を飲んだり、ちょっとしたおしゃべりを楽しんだ。
展望台でシーラーズの街をしばらく見つめてから、コーラン門に旅の後半もすばらしいものである事をお祈りして、空港へと移動した。飛行機はイスファハーンへと向かう。
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