ブラッドフォード大学大学院 体験記
(MA in Peace Studies, University of Bradford)

自己責任


曽我さんファミリーがジャカルタで1年9ヶ月ぶりに再会。未だに消息不明な家族を待つ人たちが数多くいるし、曽我さんの佐渡の家族は帰りを30年も待ったわけだから、それに比べるとたったの2年弱ということになるが、自分でなんとかできない状況で離れ離れになっていた彼女たちがこうして会えたことは喜ばしい。工作員やマスコミなどの監視が続くので大変だろうが、まずはしばらくリラックスできればいいですね。

ジェンキンスさんと娘二人が日本から出発したチャーター便でインドネシアに到着するのを生中継で伝えている番組を見ていて、ふと思った。3ヶ月前に意思ある行動を非難され、チャーター便の代金を請求され、払わされた人たちがいた。この人たちとジャカルタで政府により(つまり日本人が払っている税金により)スウィートルームを用意された曽我さんファミリーの違いはなんだろうか。

状況の違いをいくつもあげることはできるが、両者の違いは究極的にはその解決が政治家の行動としてプラスに評価されるか否かだけであった。イラクで誘拐された3人の救出に関してはその結果如何でイラクに派遣した自衛隊の派遣要件がより強く疑われる危険性があった。失敗すればマイナスになるだけで成功してもプラスにはならないと判断された。一方で北朝鮮の拉致問題は一つひとつの事項を進めていくだけで「成果」として認識されている。本当は30年も前に起こっていながら何も手を出せずにいたのですでに大きなマイナスがあり、完全解明をしてようやくゼロのところまで持ってこれるのだが、拉致問題が明るみになった時点でその状況をマイナスでなくゼロと認識させた。

さて、「自己責任だ」と責められた挙句、請求金額を支払った3人はその一件から3ヶ月も経っていない今、話題すら出ていない。日本の国内世論の動きと海外の論調が正反対であり、今後国際協力を進めたり諸外国との認識の違いを研究するために格好の事例であるはずなのに今ではすっかり話題に出ない。責めた側が話題にしないのはそのやり方が馬鹿げており、冷静な状況下では指示されえないと認識したからだと思う。責められた3人を弁護していた側もそれを話題にしないのはどうしたことだろう。同様の事例が起こったときに反省を生かすために、事の顛末は記憶しておくべきだ。あれだけ大きくなった話を真剣に議論し続けないのはおかしい。これでは他国から奇異の目で見られた日本は何も変わらない。

北朝鮮の方を向いている日本海沿岸を散歩していたのだから拉致されたのは自己責任である。連れて行かれた人が悪い。そんなことを今の現状で言う人はほとんどいないと思うけど、状況如何によってはどんな行動も自己責任をとれと非難される可能性がある。その問題を解決することが政治にとってプラスになれば国家の責任、ならなければ自己責任と「決定」されるだけの話だからだ。


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