ブラッドフォード大学大学院 体験記
(MA in Peace Studies, University of Bradford)

抑止力〜武器を持つ馬鹿持たぬ馬鹿


石破防衛庁長官が先日、日本の軍事力の強化に関して「抑止力」や「日本の強さ」を理由に説明をしたようだが、全く馬鹿げた話だ。
防衛庁主催の安全保障に関する懸賞論文で「戦わないために戦いに備える」(城井崇氏)や「拒否的抑止力の導入と国際警察力の行使」(小谷哲男氏)などが入賞論文によく選ばれていることにもこうした方針は今までもずっと表れていたが、僕は抑止力という考え方をどうしても受け入れることができない。

アメリカは核兵器による抑止力を「ソ連に対抗する手段として」持つと正当化した。核兵器は「戦争をしないために」持つものであると主張してきた。そして正義の名の下に核兵器は次々に増強された。しかし、ソ連が崩壊しても、核兵器を廃止した国はない(旧ソ連の国で独立後ソ連に「返還」した国はある)。それどころか、「東vs西」に限定されていたはずの核保有国の対立が明確な対立構造の消滅により、核兵器の保有は自国を守るために必要なものという議論にすりかわった。
核開発が疑われていたインドやパキスタンの核保有も1998年に明らかにされたが、そのときにも相手からの攻撃を「抑止するため」という主張をした。北朝鮮の核開発も同様のことを言っている。アメリカはクリントン時代に核兵器を使う可能性のある対象国を核保有国だけでなく大量破壊兵器を持つ国に広げる方針を発表した。この方針に恐怖を感じた国は完全に屈するか核兵器を開発する以外の選択肢はない。
核抑止力の発想は、核保有国を増加させると言う結果を生んできた。これからもそうなるだろう。そして、核保有国の増加は、核戦争の可能性を高める。核戦争はその圧倒的な破壊力と戦争時の心理的要因により、一旦それが開始されると世界の壊滅までにそれが終了される可能性はありえないと言う。1核保有国の増加は、つまり、核戦争⇒人類の壊滅に近づいていることを意味する。
しかも、核抑止論が間違っていることは、核戦争の発生によってのみ証明される。つまり、地球が壊滅するまでは、その理論を論破することは不可能なのである。

さて、核兵器と通常兵器の違いはよく議論される。しかし、核兵器が初めて開発された60年前の通常兵器と現在の通常兵器を比べると、後者の破壊力は前者の比ではない。地球壊滅や核兵器のような規模での環境破壊にはならないかもしれないが、国際人道法で定められている事項(民間人への攻撃の禁止など)を守れるような規模で終わることはまずないし、一国の中枢を(つまり結果的にその国家自体を)破壊することはそれほど難しいことではない。通常兵器でも国家を殲滅しうる。
また、自国を侵略または攻撃する可能性を持つ国が核武装した場合、その対抗策として取るべき手段は核兵器を到達前に破壊するミサイルを持つか、同様に核武装するかのどちらか、またはその両方であろう。抑止力の発想を持っているとそれは必然的な選択肢となる。抑止力の発想をアタリマエのものとして捉え始めると、核抑止への展開、つまり、核兵器の開発・保有は極めて起こりやすい。「広島・長崎の悲劇を繰り返さないために、日本は核兵器を保有すべきである」との発言が出るのも時間の問題かもしれない。

軍事的な「強さ」を盾に国を防衛する場合、「弱さ」が見えたときはそこが攻撃対象となる。軍備の増強やそれに関する主張は「弱さ」の克服にあると思うが、これは相手(今日本を敵視している国とそうでなくても日本が攻撃力を持つことにより日本を怖れるようになる国々)に不必要な恐怖感を与え、自国を守るために日本を攻撃するための理由を与える。攻撃力にしろ、防衛力にしろ、完璧性の追求は危険性を高める。風船に空気を入れ続けるようなもので、暴発するまでは被害は何もないが、高まる危険はいつかは臨界点に達する。

恐怖の均衡はそれが破れるまで証明されない。だから、抑止力を主張する政治家は何らかの理由をつけていつまでもその政策を進めることができるだろう。抑止力の否定は平和ボケしたアホな人間の主張として軽く流されるだけかもしれない。しかし、失敗のときには彼らもその他の人も同様にすべてを失い、手遅れになるまで決して彼らは失敗の責任を問われることはない。それゆえ抑止論というのは極めて無責任な主張である。だから、僕は、いつも人に対して使わないようにしている言葉を抑止論者に対しては使おうと思う。「バーカ!」

 

装備に国民の理解必要 新防衛大綱で石破長官 (京都新聞 2004年5月17日)

 石破茂防衛庁長官は17日午後、東京都内で講演し、年末までに政府が策定する新たな「防衛計画の大綱」について「何のために、何を、どれだけ、どこに持つべきか。それはどのように調達するか、主権者、納税者の方々にきちんと理解してもらうものでなければならない」と強調した。
 これまでの防衛大綱が、別表で各自衛隊の人数、主要装備数の概要を示すにとどまっていたことを踏まえ、新たな大綱では装備の目的や配置、調達方法などにも踏み込む可能性があることを示した発言。
 さらに「どのように抑止力として働くか。自衛隊は戦争をしないためにあるが、もし(戦争を)やったら強いだろうと、(日本を侵略する可能性がある国に)認識させないといけない」と指摘した。(共同通信)

1 Lee, S.P., Morality, Prudence and Nuclear Weapons, 2nd edition (Cambridge, Cambridge University Press, 1996)

 

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