ブラッドフォード大学大学院 体験記
(MA in Peace Studies, University of Bradford)

おそ松くん


イラク復興支援のための自衛隊の派遣承認案が2003年度補正予算案とともに衆院本会議で与党により単独で可決されたが、見ていて恥ずかしくなるぐらいお粗末なものだった。加藤紘一・古賀誠両氏が「信念に基づくものだ」と棄権し、両氏の処分について賛否両論あるという記事を読んだ。それを見ている国民からすると、「造反は許されない」などという発言は国会議員一人ひとりの価値や彼らの仕事というのは一体誰のために、何のためにあるのだろうと疑問に思わざるをえない。福田官房長官は「うっかり退席」してしまったらしいが、何と気の抜けた人なんだと驚いた。それとも、本当は隠れた造反議員なのだろうか。

その他、今日は自衛隊イラク派遣の問題についての記事がいつもより多く載せられていたように思うが、以下の二つの記事には完全にあきれてしまった。政策決定のための調査というものは単なるパフォーマンスなのだろうかと疑わざるを得ないし、状況の如何によらず政策を進めようとする姿勢には怖ろしいものを感じる。

イラク自衛隊派遣: 調査団の帰国延期 国会審議の影響回避 (毎日新聞 2004年1月30日)

 イラクへの自衛隊派遣が可能か調べるため昨年9〜10月に同国に派遣された政府調査団が、国会審議の影響を避けるため帰国日を2日遅らせていたことが29日、複数の関係者の話で浮かんだ。当初は10月7日に帰国予定だったが、当日は参院テロ対策特別委で自衛隊派遣の是非が焦点になる見通しであったため、官邸が帰国を遅らせるように指示したという。結局、調査団は同特別委最終日の9日に帰国し、翌10日に衆院が解散。陸上自衛隊の派遣決定につながる重要な調査だったが、政府が派遣決定する前の国会審議には反映されなかったことになる。
 政府調査団は内閣府、外務省、防衛庁の職員ら約10人で構成し、昨年9月14日に日本を出発。政府は当時、「メンバーの安全確保」を理由に人数や日程を含め行動を公表しなかった。
 関係者の話によると、調査団は出発前から、陸自の派遣先となったイラク南部サマワを有力な派遣候補地として選定、サマワの治安状況などを調査した。だが調査団が現地を離れる前に、官邸から「9日帰国」の指示があり、メンバーは時間調整のため2日間、アンマンのホテルにとどまり報告書を作成したという。関係者は「国会開会中に帰国したら報告、説明しなければならなくなるという理由だった」と証言する。
 調査団の報告に基づき陸自の派遣、活動場所、任務などが決まったが、11月に衆院選があったことなどから、政府は12月9日に基本計画を閣議決定するまで、派遣の具体像を明らかにせず、与野党から「説明責任を果たしていない」と批判されていた。
 毎日新聞の取材に対し、官邸関係者は29日、「(帰国を延期させたことは)聞いていない」と語った。

先遣隊の現地調査前に「報告原案」? 衆院特別委で追及 (asahi.com)

 政府が陸上自衛隊本隊に派遣命令を出す根拠とした先遣隊の調査報告の原案を、防衛庁と外務省が現地調査前にまとめていたことを示す内部文書が衆院イラク復興支援特別委員会で暴露され、30日の同委員会で野党側は「先遣隊調査のずさんさがまた一つ明らかになった」と政府を追及した。政府は「本物かどうか確認できない」とかわしたが、「確認できないはずがない」との不信感は政府内でも広がっている。
 赤嶺政賢氏(共産党)「現地調査を始めようとする時に防衛庁と外務省がやりとりした文書だ」
 石破防衛庁長官「ないものを確認しろと言ってもやりようがない」
 30日の特別委で石破長官は、文書の真偽の確認も、偽物だと主張することも避けた。
 赤嶺氏が暴露したのは「最新のイラク情勢と陸自派遣の調整状況等について(案)」と題した8ページの文書。ファクスで送受信した際の記録が残っており、防衛庁運用課が20日午後0時20分から22分にかけて送信した後、外務省安全保障政策課が21日午後1時57分から58分にかけて再度送信したことが分かる。
 サマワの時間だと、防衛庁が送信したのは20日午前6時過ぎ。先遣隊のサマワ入りは19日午後9時。到着から一夜明けた時には既に原案がまとまっていたことになる
 先遣隊は実質1日半の現地調査後に帰国し、24日に与党に3ページの報告書を示したが、原案を圧縮した内容となっている。
 原案には、現地の危険を示す情報も含まれている。昨年5月から今月20日までに「ムサンナ州では連合軍に対する襲撃等の発生件数は6件」という表記がそれだ。ただ、「具体的な数字については対外公表不可」との注意書きが付されている。
 一方、与党に示された報告書には襲撃件数の明記はなく、「ムサンナ州における事件は著しく少ない」とあるだけだ。
 30日の特別委では民主党の池田元久氏が「情報操作だ」と襲撃件数を明示するよう迫ったが、石破長官と川口外相は「関係国のインテリジェンス(情報機関)の情報なので、明らかにできない」と突っぱね通した。
 原案では、29日の特別委で石破長官が実際には先遣隊が会わなかったと訂正した「サマワ市評議会議長」という項目に、「自衛隊の到来を全面的に歓迎しており、今や遅しと待っている」とある。ここには「最新のコメントを再度確認できれば望ましい」との注意書きが付き、当初から都合の良い言質を引き出すように、先遣隊に指示していた実情がうかがえる
 政府が文書の確認を避けたことについて、首相官邸の関係者は「報告書の原案がパソコンに残っていないことなどあり得ない。本当に存在しないなら、上司が指示して消したとしか思えない」と不信感を語る。外務省幹部は「政治がまず派遣日程を先に決め、それにあわせて事を運ぼうとするから、こういうことになる」と批判する。

どうせめちゃくちゃやるにしても、もっとうまくやるべきである。呆れてものも言えない。

 

以下、2004年7月6日追加。党議拘束と議会の慣例について。

「党議拘束」は、党が決めればその決定に所属議員は拘束されて別の意見を表明できないという我が国議会の慣例である
この「党議拘束」があるから、議会運営は各政党の数だけで自動的に決まり、議案の結果も始めから決まっている。従って本会議や委員会などの各会議は「儀式化」している(議員がうとうとん眠るのは無理もない)。この「党議拘束」があるから、議員は最後まで頭を使う必要がない。よくこんな馬鹿が議員をやっていたなあ、というのが時々いるが、頭を使わなくとも死ぬまで議員でいられるのも「党議拘束」のおかげである。この「党議拘束」があるから、議員がサラリーマン化する
結局、現在日本の政治から思考力と活力と個性を奪っているのは「党議拘束」なのだ。(西村真悟時事通信7月3日より抜粋)


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