トレッキング

 

 アイルランドの冬の天気は、イギリスと同じで、ひどいものだと聞いていた。前日の小走りトレッキングは、さらに悪い天気になってグレンダロッホまでわざわざきた甲斐がなくなってはもったいないと思い、無理矢理敢行したものだった。

 ガイドブックによると、"in winter...you may get miserable weather"1とか"One thing you can be sure of about Irish weather is how little you can be sure of"2と書かれていた。さらに、アイルランドの諺に"It doesn't rain in the pub"3というのがある、とまで書かれている。Reading Week中にスペインを訪れていた友人たちには「どうしてアイルランド? 天気悪いじゃん!イギリスと一緒じゃん!」と何度も言われた・・・。

 前日、夜遅くまでしゃべっていたこともあり、目を覚ますと9時を過ぎていた。窓から外を眺めると、驚くことに雲ひとつない青空が見えた。晴れ男ここにあり。また晴れたよ!どこに行っても天気に恵まれるのは日ごろの行いが良いからなんだろう(笑)。まぁ、雨だろうと嵐だろうと、やると決めたらきっと実行するんだけど。

 チェックアウトしてダブリンに向かおうとしているトーマスを捉まえて、どこでもいいから食料を帰るところに連れて行って欲しいと頼んだ。知っている限りでは、歩いていける範囲には食料を売っているところがない。レンタカーで旅しているトーマスと出会えて本当によかった。残金が8ユーロしかなかったから、彼がいなかったら買い物にも行けず、みじめな日を過ごすことになったかもしれない。
 3kmほど離れたところにようやく開いている商店を見つけ、この日の朝・昼・夕食用の食料と水を買い込んだ。有り金を全部はたいた。レジ袋が15セントだったのだが、お金が足りず袋は買えなかったぐらいだ。
 買い物を終え、再びユースホステルまでトーマスに送ってもらった。「こんな良い天気の日にトレッキングなんて羨ましいよ」と彼は言っていたが、ダブリンに行っても予定があるわけではないのだから残ればいいのに。しかし、彼は決めたスケジュールを守るタイプの人間だった。あぁもったいない。

 別れ際にトーマスにトレッキングマップをもらい、早速スタート!グレンダロッホには9つのトレッキングルートがあり、短いもの(2km, 45分)から長いもの(11km,4時間)まで様々ある。僕は最長のSpinc and the Wicklow Wayコース(Grade: Hilwalk, Distance 11km, Time: 4hrs, Meters climb: 490m)と次に長いSpinc and Glenealo Valleyコース(Grade: Hilwalk, Distance 9km, Time: 3hrs30mins, Meters climb: 380m)の二つをトライすることに決めた。
 出発してすぐにけっこうきつい坂道が続いていた。しかし、やわらかい日差しと遠くに見える紅葉がとても美しく、テンションは上がる一方だ。シーズンオフの平日なのでこの二つの(きつめの)トレッキングコースにチャレンジする人はほとんどいないようだった。最初のコースでは羊とヤギにしか会わなかったし、後者でも3人ほどとすれ違っただけだった。まさに自然を独占!気分は最高!

 問題は、場所によってサインポストがほとんどないことだった。湖の近くはこれでもかというぐらいサインポストがあり、迷いようがないのだが、Wicklow Way沿いはサインポストがほとんどなく、一番ひどいところでは分かれ道になんの表示もなかった。地図をもっていたのでなんとか判断することができたが、サインポストのないところで細い道に入り込んだりしなければならないこともあり、多少の不安を抱いたのも事実だ。そのような場所では「しばらく行ってみて違ったら戻ってこよう」などと思ったが、高い木が生い茂り昼でも暗い林道を一人突き進んで行くのは心細かった。自然に早足になることもしばしば。それでも15分ぐらい進むとサインポストを見つけることができ、ホッとした。

 コースは最初のうちは車も通れる広い道で、やがて林道に変わる。半ばを過ぎると湿地帯や沼地が続き、その後きらきらと光るきれいな岩の多いフィールドが広がる。そして、終盤は二つの湖を真上から眺めることになる。少し歩きにくいところもあるけれども、よく整備されているので難しくはない。そよ風が気持ちよく、空気が透き通っていた。
 湖がよく見える展望地点で昼食を摂り、もと来た道を引き返してGlenealo Valleyへ向かった。この道はupper lakeへと注ぐ川の上流へと続いている。風と水の音が爽快だった。少しずつ山を下り、坑夫たちの集落跡を通り、upper lakeに着いたときには午後3時過ぎだった。

 すでに15km以上歩いていたが、まだまだ歩ける気がしたのでWoodland Road(Grade: Ramble, Distance: 4km, Time: 1hrs45mins, Meters climb: 90m)も歩いてみることにした。ここはあまりぱっとしないコースでいかにも人気がなさそうなところだったが、立派な松が何本もあり、大和心をくすぐられた。最後に長い杉林を抜けて、トレッキングを終えることにした。

 この日は20kmぐらい歩いただろうか。結構な距離だが、まったく疲れを感じなかった。鳥や動物の声を聞き、そよ風にあたり、水の音を聞く。自然に存分に触れ、癒された。グレンダロッホには平和があった。この情景を平和以外のどんな言葉で形容できるだろうか。

 

1. Lou Callen, Fionn Davenport, et al., "Lonely planet -- Ireland," 5th edition (Victoria, Lonely Planet Publication, 2002), p.60
2. Ibid., p.32
3. Ibid., p.33

 

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