行動方針
情報収集を怠り、あまり計画を立てない。
旅にスケジュールなどはあってなきが如し。たいていの場合、スタート地点とゴール地点、そして期間だけを決めて旅に出る。
無計画な旅人は、自分のことを融通の利く男だと信じている。ガイドブックは荷物が重くなるので持っていない。少ない知識と勢いで行き先を決める。前回書いたように、少林寺に行くことを決めたのは一枚の海賊版DVDだったし、2001年の「酒の旅」では、さまざまな要因により驚くほど自動的にルートが決定された。
無計画旅行の最大の長所は、思いがけないスケジュールの変更で焦る必要がないことである。また、自分の身に起こるすべてのことが「予定外」であるから、何が起こってもドラマチックであり、感動的である。時間と心にゆとりのある人にはぜひ無計画で旅することをお勧めしたい。
今回の旅ではイスファハンでの歴史的な式典を成功させるという重要なミッションがあった。突然計画的な人間に変貌できるわけもないが、期間が2ヶ月と限られており、イベントの幹事にふさわしい旅をしなければならないので、
いつもより多くルールを定めた。(1)ルートを外れず、ひたすら西へ向かうこと、(2)中央アジア(トルキスタン)を通過すること、(3)飛行機は使わないこと。
そして、「もう一つのワールドカップ」というテーマに合わせて次のような行動方針を決めた。(4)試合日程に合わせて移動すること、(5)一試合でも多く観戦すること、(6)日本戦および主要な試合は必ず観戦すること。
2002年のワールドカップにおいて、中国は初出場を果たした。数年前から国を揚げて中国足球隊の育成に力を入れており、今回その成果が出たということになる。国営テレビでは中国戦はもちろんのこと、ワールドカップの全試合がライブで放映されている。再放送、珍プレー・好プレー、結果を予想する討論番組なども充実している。大都市では広場に巨大スクリーンが置かれているし、飲食店は店のテレビを道端に出して客引きをしている。放映権や何やらで揉め、地上波ではすべての試合が見られなかった某開催国よりも、サッカーに親しみやすくなっている。
中国は旅をしながらワールドカップを見るのに最適な国であった。中国語で書かれた試合日程表を片手に、僕はイスファハンへ歩みを進めた。
◆「酒の旅」
無座
中国の列車のチケット争奪戦は激しい。
ここ数年で大幅に改善されているような気もするし、2008年のオリンピック開催が決まってからは、とくに外国人には優しく接するように指導されているらしい。中国語と英語の対照表を持った職員も見かけたぐらいだ。
しかし、親切なのとチケットが取れるのとは別問題で、人口が多いのか列車が少ないのか知らないが、長距離列車になるとなかなか思い通りのものが取れない。親切そうに見えてもないものはない(没有)のだ。
行動方針を定めたにも関わらず、北京でいきなり壁に当たった。洛陽行きの列車が思うように取れず、唯一取れた列車に乗るとアルゼンチンvsイングランド戦が観戦できない。
今後の日程を考えるとライブ観戦は諦めざるを得なかった。うまいこといかないな、と思った。
ユースホステルで僕より少し前に西安行きの列車に乗る日本人と知り合い、一緒に北京西駅へ行くことにした。時間に余裕を持ってバスに乗ったつもりだったが、大渋滞に巻き込まれた。駅に着いてみると、彼の列車はすでに出発していた。
初めての海外旅行だという彼を助けようと、一緒に切符売り場に行った。どこの窓口に行けばよいかも分からぬまま時が過ぎた。(北京駅<中央駅>では服務員に親切な様子が見られたが、西駅では以前のままの中国人的対応を受けた)やがて僕のほうも時間がなくなり、出発の5分前に指定されたプラットフォームに駆け込んだ。
「間に合った!」と思ったその瞬間、僕の右腕を掴む男がいた。改札にいる公安だった。突然中国語で怒鳴りつけられ、焦っている僕はさらに大きな声で怒鳴り返したが、前に進ませてはくれなかった。言い合いをしているうちに列車は静かに出発した…。
落ち着いて聞いてみると、改札は5分前で終了とのことだった。まんまと洛陽行きの列車を逃してしまった。しかし、それは却って嬉しい出来事だった。お陰でアルゼンチンvsイングランド戦を観戦できることになったからだ。
切符売り場まで戻り、交渉した。その日の夜遅くのチケットに交換してもらい、試合観戦も洛陽への移動も実現できることになった。
言葉が不自由なので半分も理解できなかったが、今日中に出発する列車に乗れることと、寝台ではないが「无座」という席が確保できたことを確認した。
ベッカムのフリーキックでイングランドがアルゼンチンを破った。
美味しい食事と青島ビールで満足し、今度は早めにプラットフォームに向かった。自分の乗るべき車両が分からないでまごついていると、英語を喋る女性服務員が親切に話しかけてきた。中国国鉄に英語を話す服務員がいるのかといたく感激しながら、そのおばちゃん従った。
やがて、自分の置かれている状況をすべてさとり、愕然とした。
切符売り場職員の達筆さと、中国語は単位取得レベルにとどまっているため理解していなかったが、「无」という漢字は「無」と同義であった。「无座」すなわち「無座」。つまり、席がないのである。
親切なおばちゃんはにこやかに「ここだよ」と混雑した車両を指差した。インドの3等車両や、朝8時半頃の東海道線「川崎〜品川間」のように混んでいる車内に無理矢理乗りこみ、人と人との間にあるわずか数センチの隙間に無理矢理腰を下ろした。
无座。
それはオソロシイ空間である。狭いのはいい。僕は東京の通勤地獄を何年か経験したこともある。夏休みの大垣夜行に耐えれる人であれば、狭い移動については十分な耐性があると言っていいと思う。
しかし、ここ无座は狭いだけではない。アツイ、クサイ、ウルサイ、キタナイ、ムサクルシイ…。思いつく限りのネガティブな形容詞がすべて当てはまる。
禁煙と書かれた車内には煙草の煙が充満し、吸殻は火が消えないまま床に落とされる。夜中でも大声で話すのは当然のこと、興奮すると寝ている人まで起こす。小さなテーブルに置かれたビール瓶は例外なく飲み終える前にひっくり返され、僕のズボンを濡らす。車両の端に目をやると、もう絶句。おいおい、そんなことはトイレの中でしろよ。
まともな感覚を持っていると、イライラする。ほんの5分間すら平静でいさせてはくれない。こんなときは彼らに同化するしかない。
僕は無言で向かいに座るおっさんのビールを取り、飲み干した。そして、ガラスのついていない窓から、ビール瓶を投げ捨てた。
「ガッシャーン」
あ〜、スッキリ! ・ ・ ・ ・ ・ しないぞ!
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