サパルムラト・トルクメンバシ(偉大なるトルクメンの父)について
1940年2月19日、トルクメニスタン共和国アシガバードに生まれる。
父親と母親を相次いで亡くし、7歳から施設で生活。(父親は戦死、母親は地震で死亡)
1962年、ソビエト共産党員に。
1967年、レニングラード技術大学卒。
1967〜1970年、トルクメニスタン・アシハバード州ベズメイン発電所(技師)。
1970年〜1980年、トルクメニスタン共産党中央委員会、指導員、産業・交通部副部長、同部長等を歴任。
1980年、アシハバート共産党第一書記。
1984年、ソビエト共産党中央委員会組織党務部指導員。
1985年、トルクメニスタン共和国閣僚会議議長。
1985年、トルクメニスタン共産党中央委員会第1書記。
1986年、ソビエト共産党中央委員。
1990年、ソビエト共産党政治局員。
1990年10月27日、トルクメニスタン大統領に選出。 (得票率98.3%)
1991年12月、トルクメニスタン民主党党首に選出。
1992年6月21日、大統領に再選。(得票率99.5%)
1994年1月、国民投票により大統領の任期が2002年終まで伸びた。
2002年8月、国民議会の決定により終身大統領となる。
妻、息子、娘の4人家族。独立国家共同体(CIS)諸国の中で最も強い権力を持つ独裁者。大統領と首相を兼任。民主党の党首であり、軍の最高司令官でもある。サパルムラトトルクメンバシ(偉大なるトルクメンの父)と自称し、大統領の地位に着いた後、都市、道路、農場、学校、船などの名前に自らの名を冠した(全部で1000以上あると言われるが詳細は不明)。
トルクメニスタンに存在する新聞の全ては、ニヤゾフ大統領によって設立されたもの。新聞の一面は毎日大統領を賞賛する字句で溢れ、写真も必ず5枚以上は掲載されている。その他、ニヤゾフブランドの牛乳、ウォッカ、チーズ、ジーンズなど、生活必需品の多くが市場に並ぶ。また、神の啓示を受けて書いたとされる「Ruhnama」を2002年に発行し、国民必読書とした。この書物を置くことを拒否したスンナ派のモスクを閉鎖したこともある。アシガバード市内の本屋では数種類の本しか売られていないが、この「Ruhnama」がその本棚の3割を占めるほど並べられている。トルクメニスタンで売られている本の最初のページには全て彼の写真が掲載されており、偉大なる首領様がいかにその本の発行に尽力したかが述べられている。
首都アシガバードにはほぼ50mおきに大統領の肖像画または銅像が飾られている。毎月一つは注目に値する大統領のためのモニュメントが作られており、太陽の動きにあわせて回転する大統領の像はあまりにも有名である。また、アシガバードから南に15kmほど離れた大統領の故郷まではほとんど車の走らない6車線の高速道路が通っており、その村には誰も泊らない豪華ホテルが立ち並び、大統領の黄金の家族像を含むさまざまな豪華モニュメントがある。
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