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ユーラシア大陸横断(酒の旅)
NASTAROVIA!
フジヤマンボ!

なぜ山に登るのか。
イギリスの登山家ジョージ・リー・マロリーは、「そこに山があるから」と答えた。あまりに有名な言葉である。画家が絵を描き、ミュージシャンが作曲をし、登山家は山に登る。登山家にとって山は、自己表現の場である。
それでは僕の場合はどうだろう。同じ問いにはこう答えたい。「そこに友がいるから」と。
これは山だけでない。海でも、山でも、飲み屋でも、北海道でも、アジアでも、ヨーロッパでも、アフリカでも…。会いたい友がいれば、そこに向かう。ただそれだけだ。近い、遠いは問題ではない。
2年前より、富士山に一緒に登っている仲間がおり、フジヤマンボというグループを結成している。年齢も、性別も、趣味も、職業もバラバラだ。毎回同じ人が参加しているわけでもない。ただ、「富士山に登りませんか?」という一言に惹かれた者たちが、新宿駅に集い、五合目で決起し、山頂で吠える。
今回の旅は帰国日を8月初めに設定していた。それはもちろん仕事などの都合もあるが、このフジヤマンボにぜひとも参加したいがためでもあった。毎回40名近い参加者のうち、半分は僕にとって初対面だ。しかし、たとえ初めて会うにしても、薄い空気と疲労を共有し、協力し励まし合いながら登山をすることはかなり貴重な経験となる。極限の状態で触れ合うからこそ、それぞれの人の本当の姿が見える。本音で語り合うこともできる。
2ヶ月強の旅をした。
初めてのヨーロッパ訪問で、慣れない文化にさらされた。長いこと列車に揺られた。まずい料理に悩まされた。そして、ムチャをした。肉体的な疲労はピークを超えており、帰国直後に富士山に登るのは無謀以外の何物でもなかった。
8月4日、新潟より鈍行列車で東京の自宅へ戻った。玄関に倒れこみ、そのまま眠ってしまおうかと思った。
しかし。
頭の中に友の姿が浮かんだ。
ワルシャワで会ったHIRO、モンサン・ミッシェルで会ったイナバは、僕が旅をしている間に、同地を訪れる機会を作って会いに来てくれた。また、けよう嬢は中国留学前の忙しい日程をやりくりして、2日間を割いてくれた。そして彼らは別れ際に言った。「富士山で会おう…」
リュックサックから不要なものを全て取り出し、防寒具とウォッカだけを残した。サンダルをトレッキングシューズに履き替え、集合場所の新宿に向かって歩き始めた。
集合時間よりかなり早く新宿に着いた。雑踏の中を一人道端に佇み、これから会う友のことを考えた。知っている顔が目の前に現れる度に、疲れていることを忘れた。再会した友の笑顔は、何事にも代え難い。
新宿に疲れを置き忘れてきた。
五合目に到着したとき、ふとそのことに気づいた。エネルギーが湧き上がり、九合目あたりまでひっきりなしに歌い、叫び続けた。見知らぬ人から、こんな称号を頂いた。
「フジヤマの暴走族」
五合目を出てから約6時間後、旅の最終目的地、富士山頂に到着した。「そこに友がいるから」。全ての活動を、行為を、その一言に集約させて生きている。その結果得られたのは、言葉では言い尽くせないほどの喜びと幸せだ。フジヤマでだけじゃない。世界中で暴走してやる。
山頂で見覚えのある顔を見つけた。モンゴルで一緒に草原を走った男、キヨだった。会うのは2度目だった。
「8月5日の早朝、富士山頂に来いよ」
彼が静岡に住んでいると聞き、緑の大地の上で僕はこう提案した。軽い一言であった。
しかし、その一言を彼はしっかりと受け止めていた。行動の動機が僕と極めて似ているタイプの男だ。僕らは2ヶ月ぶりにウォッカで乾杯をした。新しい友情の始まりだった。
朝陽が、まぶしかった。
◆毎年、8月の第一土日に富士山に登る最も騒がしいグループ(正確に言うと最も騒がしい人たちが含まれているグループかも)、それがフジヤマンボです。
◆いつの日か、富士山頂でお会いしましょう!


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