ユーラシア大陸横断(酒の旅)
NASTAROVIA

船旅

一言で船旅といってもさまざまなものがある。

僕は今までに日本の国内航路、釜山や上海行きの国際航路を数回の他、カンボジアやトルコなどで10時間から50時間ぐらいの船旅を経験したことがある。いずれも最も安い等級での乗船で、体力的にキツイか、もしくは長時間の旅の間にすることがなく、退屈であることが多かった。
例えば中国行きのフェリーを例にとると、これから同じように旅立つ仲間達と語り合うのは非常に有意義だし楽しいものであるが、よく揺れる船中の最下等級の船室は船酔いをした人で溢れていることもあり、その光景はまさに地獄絵図である。また、唯一の娯楽である卓球も3時間もやれば飽きてしまう。
しかし、この種の船旅は「移動すること」が目的であり、乗船していたとき
には、それ以上の何かを求めていたわけではなかった。

今までに一度だけ、恐ろしく豪華な船旅をしたことがある。
それは「世界青年の船」という、日本政府が主催する盛大な国際交流イベントに参加したときのことだ。晴海から出航し、2ヶ月をかけてアフリカと中近東を周り、再び日本に戻る。約 200人の外国人青年と約 100人の日本人青年が、日本の客船の中でも最もゴージャスな船の一つであるにっぽん丸で毎晩大騒ぎするというものである。もともとパーティ好きだった僕が、この船上でさらにその傾向を強めたのは言うまでもない。
2ヶ月という時間と数億円という国家予算を使った豪華客船によるこんな贅沢な船旅はそうそうできるものではない。

ドイツのロストックからエストニアのタリンに行くために、フィンランド船籍の船に乗ることになった。陸路で行くより時間とお金を節約できるということでこの船を選んだ。
出航2時間前にロストックの港に到着した。残っているチケットは最下等級の"Budget"クラス。4人部屋と書かれている。今まで乗ったことのある船は最下等級と言えば雑魚寝部屋が当り前だったので、その待遇の良さに驚いた。

EU圏外に出ることになるにも関わらず、パスポートのチェックは非常に甘かった。一般の人は表紙を見せるだけ。アジア人顔の僕でも、顔写真を確認されただけでスタンプさえ押されない。
アジアの旅ではヴィザの取得や国境越えとに、幾度となく苦労した。しかし、今回のヨーロッパ旅行では、その手続きの簡易さにショックを受け、国境というものの存在を不思議だと思った。ヨーロッパにいると、隣の国との敷居が非常に低い。事実、乗船ロビーには、週末をエストニアで過ごすというドイツ人や、短期の旅行でドイツを訪れたフィンランド人などで賑わっていた。隣り町に行くような格好で、家族や犬を連れて陽気に船を待つ人々の姿は、電化製品を大量に抱えて出発を待つ、日本の港で見る人々の姿と対照的だった。
エストニアへの「移動」がこの船旅の目的ではあったが、船を待つ人々の楽しげな様子を見ているうちに、自分がこれから豪華客船にでも乗るような錯覚を起こしていた。船に乗るのが待ち遠しかった。

しかし、船に乗り込んだ直後は、期待は見事に裏切られた。
"Budget"クラスのチケットを見せると、船員はものすごく狭い階段を指差し、「一番下まで行け」と言った。急な階段を降り、自動車や貨物が置かれている階も通り過ぎると、船底にたくさんの部屋があった。それぞれの部屋は一坪にも満たない大きさで、そこに互い違いの4段ベッドが置かれていた。
よくぞうまいことベッドを配置したものだと感心した。しかし、その船室はあまりに狭すぎて、そこにいるだけで気が滅入った。雑魚寝部屋に押し込められたときとは比較にならないぐらい惨めな気持ちになった。今までで一番ヒドイ船旅になるのではないかとまで思ったぐらいだ。

しばらく部屋で同室の人と話をしたが、あまりの狭さに嫌気がさした。夜寝るときまでは、その部屋に戻るのはやめようと決めた。自分の部屋がないし、船上に知り合いがいるわけでもないので居場所がないな、などと思いながらもデッキに出た。
そこで僕は、信じられない光景に出合った。

燦々とふりそそぐ太陽の下、船尾にあるデッキでは 300人以上の人がビールを飲んでいた。甲板でビールを売っていること自体にも驚いたが、その場所の状態にはもっと驚いた。あたり一体がまさに屋外バーになっている。
早速僕はその中の一員となり、顔を赤らめた人たちと会話を始めた。酒がまわる前にすでに興奮していた。海風と陽光の下で生ビールを飲み、笑う。至高のひとときだった。

「今までに乗った船で、一番楽しい船だよ!」
そばにいたドイツ人に、その船と今までに僕が乗ったことのある船との違いを説明した。その説明に、「信じられない」と言った顔をして彼は言った。
「船旅は、それ自体がエンターテインメントなんだ。飛行機でなく、わざわざ時間のかかる船を使うのは、そこに至上の楽しみがあるからじゃないか」
かくいう彼は、船でフィンランドまで向かい、一泊だけしてドイツに戻るという。甲板に座っていることが、彼にとって無上の幸せだということだ。

船上ではたくさんのイベントがあった。映画の上映、ライブミュージックショー、クイズ大会、ダンスパーティ…。
エストニアまでの約22時間は、次々と繰り広げられるイベントに魅了されているうちに、あっという間に過ぎてしまった。つらさや退屈さとは無縁の世界であった。

船旅は、それ自体がエンターテインメントなんだ。
船旅に対するこうした価値観は僕の心を強く掴んだ。船旅を単なる移動の手段というだけでなく、娯楽の場として捉えること。豪華客船では当然のことなのかもしれないが、それ以外の船でも人々に楽しみを提供するバルト海の船に非常に感銘を受けた。

こうした船があるからこそ、人々の往来も活発化し、そこに交流が生まれる。この船と、この文化を、日本にも輸入したい。


フィンジェットの4段ベッド

 

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