ユーラシア大陸横断(酒の旅)
NASTAROVIA

モンサン・ミッシェル

イナバという男がいる。
僕が初めて一人旅をしたときに韓国の慶州で会った男で、その後7年間も付き合いが続いている。おそらく一生仲のいい友人でいるに違いない。

イナバは何かを惹きつける力を持っている。だから、彼の周りではおかしなことがよくおこる。初めて会ったときもイナバと一緒になった途端にたくさんの韓国人が話しかけきて、ホームスティまでさせてもらった。また、イナバはあまり長期の旅行はしないけれども、旅に出るといつも、普通の人が何ヶ月かけてもできないような体験をして、旅から帰ってくる。
物事を柔軟に受け止める姿勢。彼の持つこの本性がさまざまな楽しい出来事を呼ぶ。僕もそのようなものに惹きつけられた一人である。

イナバはスゴク面白い。変人だと言い換えてもいいが、いかなる状況でも自分のしたいことを貫く姿は感動的ですらある。現在はサラリーマンを装っているし、そのことを必要以上に主張するが、会社から与えられた権利をフルに使い、年間7〜8回も海外旅行に行くし、夏休みも合計で30日以上あったりする。
そのキャラクターゆえに社内でも人気の高いこの男は、日本サラリーマンの革命児である。

「さらりーまんになったら海外旅行は新婚旅行までない」
彼はは大学卒業時にこんな言葉を残した。社会人になったら仕事に専念しようという決意でもあったそうだ。しかし僕は知っている。入社式の際に社長からの祝辞を聞いた後、彼はなぜかインド行きのチケットを買いに行ったのだ。
彼にとって社会人初日は、旅人としての再デビューの日でもあった。

今回の旅行中。
リトアニアにいるときに、イナバから突然Eメールをもらった。そこにはこう書いてあった。
「友人とフランスに行くことになった。7月16日に会おう」

突然の短いメールだった。
メールの内容はフランスで会おうというイナバからの「提案」であったが、僕にとっては「神からの啓示」だった。僕は細かい旅程を全く決めないタチなのであるが、この啓示は絶対であると感じ、フランスでのイナバとの再会を今回の旅のゴールにしようと決めた。いつも行き先はその日にならないと分からなかったが、イナバとは決められた日に会おうと思った。

7月16日。
僕は決められた時刻に、フランスのモンサン・ミッシェルに到着した。バスを降りると聞き覚えのある声が「ボンジューーール」と僕に語りかけた。
イナバだった。

しかし、その日のイナバはいつもと違った。陽気なのはいつもと同じだし、怪しい現地語を叫びまくる癖も相変わらずだ。違うのは着ている服のセンスであり、もっと違うのは同じ服を着ている人が一緒にいることだ。なんと(!)イナバが女を連れてペアルックで旅行していた。
週末は暇を見つけて山に篭り、プラスαの休みが取れれば、海外へ飛んで行く。そんなイナバがどうやって彼女を作ったのか、不思議だった。だが、聞いてみるとそこにはイナバらしいドラマがあった。

まず出会い。
イナバは女の子に進んで声をかける男ではないが、声をかけさせるのがうまい。慶州で一緒だったとき、何人かの韓国人に声をかけたが、いつも僕が声をかけていた。イナバにやらせようとしてもうまく丸め込まれてしまった。
イナバがイスファハンのイマーム広場にいたときもそうだったという。たまたま出会った人と歩いていて、カメラのフィルムがなくなった。「フィルムがなくなったら周りの人にもらえばいい」というなんともスバラシイ考え方を彼は持っており、それだけでもスゴイのだが、なくなったフィルムを自分ではなく他人に貰わせるのがさらにスゴイ。一緒にいた人は何人かの観光客に声をかけ、一人の日本人女性が親切にもフィルムをくれた。

その女性とはフィルムを貰っただけで別れたようだが、その後空港でもう一度会っており、その「偶然」が親しくなる契機だったという。ゴールデンウィークを利用した社会人的短期旅行であり、かつ、イラン航空のテヘラン発成田行きが週に一便しかないことを考慮すると「必然」とも言えるが…。それはさておき、短期旅行を否定していた僕にとっては、この事件は非常に驚きであるし、短期旅行も捨て難いと思わせた出来事である。

その後2人は、ソウルや台北で何度か会ったという。一緒に行ったわけではなく、共通の友人が企画する集まりに、トランジット等で日程を合わせたというのだからスゴイ。海外で友人と待ち合わせをした経験は僕にも何度かあるが、よっぽど余裕を持っていないと、なかなか実現が難しい。

そして今年のゴールデンウィーク。
中国の数都市を旅した彼女と、パキスタンのフンザとカラコルムハイウェーを旅したイナバは北京で会うことになった。パキスタン航空は週2便、成田と北京を結んでいるのだ。
彼女は友人と2人で旅をしていた。後からイナバが合流したのだが、最終日の朝、彼女の友達が突然言い出したという。
「やっぱり、私、万里の長城をどうしても見たい!」
そして一人で万里の長城へ行ってしまった。。。

残された二人は馬車に乗り、天安門へ向かった。密かに恋心を温めていたイナバは、馬車の上で思いの丈を伝えた。天安門に着き、勢いに乗ったイナバは話を続け、ついにはプロポーズをした。
イマーム広場で出会い、天安門でプロポーズ。夢のような話である。告白からプロポーズまで2時間もかからなかった。自分のしたいことを貫き、あらゆる状況に対して素直に対応するイナバだからこそできた離れ業とも言える。やっぱりイナバはスゴイやつだった。

イナバと彼女とは、今回、彼女の友人の結婚式に参加するために、フランスに来ていた。前夜祭・披露宴・2次会・後夜祭といつまでも続く、ヨーロッパスタイルの盛大な結婚式に参加した2人は、その規模や雰囲気にいたく感激したそうだ。
その盛大さは話を聞いただけなので分からない。また、僕自身はヨーロッパでの結婚式にはまだ参加したことはないのでその雰囲気もまだ理解していない。

2人から、結婚式の準備を手伝って欲しいと頼まれた。出会いの場所イスファハンで、どのようなスタイルの結婚式ができるだろうか。プロポーズの行われた北京ではどのようなセレモニーをしようか。
いずれにしても、最高に面白い出会いをし、美しいストーリーを作り上げた2人のために、スバラシイ結婚式を企画してやろう目論んでいる。

好きなことを、好きなスタイルでし続けること。
仕事や、家族や、社会や、文化の中で生きていく際に、これを実現することは非常に難しいことなのかもしれない。
しかし、自分のスタイルを貫いていくことができれば、それは他人の目から見てもとても魅力的なことであるし、それはついには幸福まで呼び込む。

イナバを見ていて、ふと、そんなことを思った。

フランスとワイン

北京に到着してからスイスを出るまで約1ヵ月半の間、僕は酒漬けになっていた。「このままではアル中になってしまう」と、本気で心配したほど飲む機会が多かったので、フランスではイナバに会うまで2日間酒を断つことに決めた。

パリではユースホステル(YH)に泊まろうと試みたが、朝8時にとあるYHに着くと、すでに約70名が並んでいた。しばらく並んでみたが、泊まれる保証もないし、待つのは大嫌いなので、YHに泊まるのは諦めた。
適当に聞き込み調査をした結果、パリ北駅のさらに北の方に安めの宿があることが分かり、宿泊場所を決めた。黒人街に近く、個人旅行者はあまりいない地域だった。同世代の旅人と会うこともなく、付近を一人で徘徊した。

僕が「一人で酒を飲まない」ことは以前に書いた。
それは決意でもなんでもなく、「特に一人で飲もうと思わない」ということであるが、フランスではランチを食べる時も、ディナーを食べる時も、ワインを外すことが難しかった。フランス料理といえば「肉=赤ワイン」「魚=白ワイン」という図式がいつの間にか頭の中にできているのがその理由の一つであるが、これはそれほど大きな「飲む理由」にはならない。

決定が覆されたのはフランスのカフェのムッシュ/マドモアゼルが、料理を注文した後に甘い声でワインを勧めるからであった。フランス語が全然分からないながら適当にメニューを頼むと、「ご一緒にワインはいかがですか」とか「その料理にはこのワインがオススメです」などと言ってくる。(たぶん、そう言っているはずだ!)フランス語の響きがなぜか僕の脳みそをくすぐり、ついつい注文させられてしまった。柔らかい響きのかの言語を聞いていると、思わず「ウィ」と頷いてしまう。

結局、休肝日を設ける試みには失敗した。
その後も、飲む機会は続いたので、「酒の旅」の最中、休肝日というものは存在しなかった。

◆赤ワインにはポリフェノールが入っていて、健康にもいいらしいし、まぁ、いいか!

 

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