ユーラシア大陸横断(酒の旅)
NASTAROVIA

旅とインターネット

旅をしながらリアルタイムで旅行記を書きたいと初めて思ったのは今から約5年前、イランの田舎町ランガルードで友人にポストカードを書いていたときのことだった。イランは物価が極端に安く、日本まで葉書を送るのに日本円で7円ほどしかかからなかったので、暇を見つけては家族や友人に葉書を送った。
ところどころで自分の思ったこと、感じたことを葉書に書き記すことで、旅の記憶がより鮮明になり、それを受け取った人もその臨場感を感じられる。
メルマガやインターネットを利用すれば自分の体験をダイレクトに伝えることができる。

とは言っても、そうした思いはなかなか実現しなかった。
それどころか、旅の途中でインターネットカフェに立ち寄ることすらなかった。ずっとアジアの国々を旅をしていて、暑い気候、あまり快適とは言えない宿、町の喧騒に囲まれていた。自分のいる状況は日本にいるときの生活とあまりにかけ離れていて、そこにインターネットを取り込む気にはなれなかった。
また、数ヶ月旅をしている間、日本から直接の情報を得られないという事実自体が「旅をしている」気持ちを高めるので、そうした意味でもあえてインターネットに触れることを好まなかったのかも知れない。

それから数年が経ち、再び旅をすることが決まった。その間に大学を卒業し、3年間社会人として働いた。仕事ではコンピューターの前に座ることが多く、ずっとインターネットに繋がれていた。
旅をしながら、またはその後で、体験や思いを文章にまとめたいとは常々思ってきた。今までにホームページ上にいくつかを公開したこともある。しかし、いくつかの文章を書いたものの、書こうと思っている全てを文章にはしていないし、どれも中途半端で止まっている。そこで、「今回こそは」という気持ちから、旅立ちの数日前に僕はメルマガの設定をした。旅先から配信する準備が整った。

久しぶりに日本を出た。
僕は何度もインターネットカフェを訪れた。しかし、エッセイを配信することはできなかった(多くの読者の方はご存知ですね…)。日本語を入力できる環境が整っていないところが多いというのが一つの言い訳。しかしそれよりも大きな理由は、限られた時間で旅をしているのだから、その貴重な時間を執筆や推敲に費やすのはもったいないという感覚であった。旅について体験直後に書けばより臨場感を表現できるとは思うが、そのために旅で得ることができる貴重な体験を削減したくなかった。

旅の途中で一通だけメルマガの読者に言い訳メールを配信した。その後何度も短い報告を試みたが、難しかった。
しかし、幾度となくインターネットカフェを訪れたことで、ヨーロッパ在住の友人たちやヨーロッパを旅する他の友人たちにスムーズに連絡が取れ、そのうちの何人かと会うことができた。また、ガイドブックを持たない僕にとってインターネットは口コミで伝わる噂を確認したり、見所や交通手段を知るために、極めて有効な手段だった。

インターネットによる情報により、旅のスタイルが変った。旅のルートも変った。今までの旅とは違う形での出会いが演出された。
そんなインターネットに恩返しをするため、そして、5年前に思いついたアイデアを実現させるために、いつか旅の実況中継をしたいと思う。そのために期限を定めずに旅立つ日はいつになるだろうか。

 

ユーラシア大陸横断

酒とパーティの本場ヨーロッパに行くことを決め、そのスタート地点を天津に選んだ時点で、実はもう一つ旅における目標ができた。出発前に設定をしたこのメルマガのタイトルにもなっているが、それは「ユーラシア大陸横断」である。

21歳の誕生日をインドのダージリンで迎えた。そのときに出会った人からもらったのが、現在ではバックパッカーのバイブルとも言われている沢木耕太郎氏の代表作「深夜特急」であった。
「デリーからロンドンまでバスで行くことができるか」という思いつきを実行しようとする旅人の姿に感銘を受けた。その本の中に「まるで何の意味もなく、誰にでも可能で、しかし、およそ酔狂な奴でなくしてはしそうにないことを、やりたかったのだ」という一節があり、「真剣に酔狂なことをする」旅人に、自分もなりたいと思った。
僕は旅好きだが、人類未踏の地に行くほど準備をするのは面倒だし(勿論、準備したからといって実現できるわけではないが)、戦地に赴くカメラマンのような度胸はない。やろうと思えば誰にでもできることをやっているに過ぎない。しかし、旅を繰り返すにつれて、「誰もやらないこと」から得る経験が、「誰かにしかできないこと」をするのに極めて近いことなのではないかと思うようになった。旅で得る「自分だけの」体験は、他人にとって「未踏の地」であるのだ。

「深夜特急」を読んでポルトガルのロカ岬の存在を知った。ユーラシア大陸の最西端である。いつかは行ってみたいと思っていたし、雄大なこの大陸を端から端まで旅する際のゴールとして最も相応しい場所だ。
旅をしているとそのルートを決めるときに、何か達成感のあるルートを選びたくなる。ユーラシア大陸横断、マレー半島縦断、インド一周、ライン川下りなどいろいろ考えられるが、共通しているのはある「完全さ」を目指していることだと思う。「ユーラシア大陸の途中まで行ったよ」などと自慢する人はまずいないだろうし、たとえいたとしても、ある旅を半分まで行った場合と完全に成し遂げた場合を考えると、完全な旅は中途半端な旅の何十倍もの満足感がある。

日本を発ってちょうど一週間後にモンゴルに到着した。そこで気づかされたのは、ロシアビザを当地でとるのに2週間を要することであった。たった2ヶ月の旅なのにそのうちの4分の1を主たる目的地ではないモンゴルで過ごすことには抵抗があった。
止むを得ず、ロシアを飛ばしてヨーロッパに向かう決断をした。飛行機を使わずにユーラシア大陸を横断することはできなかった。しかし、ゴールがロカ岬であることには変わりなかった。天津から旅を始めて、ロカ岬に辿り着くことに意味もなくこだわろうとしていた。先に述べた「完全さ」をどこかに残しておきたかったのだろう。

ハンガリーで一人の日本人に会った。
アテネ(ギリシア)からソフィア(ブルガリア)行きの夜行列車で全ての荷物を盗まれたカメラマン志望の彼は、一番大切なカメラを盗まれたショックで旅の目的を完全に失っていた。トラベラーズチェックやパスポート等最低限のものだけを持つ彼はひたすら列車を乗り継いでハンガリーまでやって来た。
話を聞くと、「すでに目的を失ったので、あとは行ったことのある国の数を増やすことだけが目的だ」と彼は言い放った。旅程を聞くと、ヨーロッパ11ヶ国をあと2週間で廻り、ロカ岬で旅を終えると言う。

「ロカ岬」という言葉が彼の口から出たとき、僕はハッとした。
2週間でひたすら国の数を稼ぐ。そんな旅はなんともつまらないと思った。また彼とはブダペストで2日間行動を共にしたが、何事にも感想を持たない彼の姿を見て、旅というものを「ルートを追うこと」に置き換えてしまうと何とも無意味なものになるのだな、と感じた。
そんな彼の姿に自分の姿を重ねてみた。ロカ岬までおそらく直線距離で2500kmぐらいだろう。限られた時間だがそこまで行くことは可能だ。しかし、その道中で起こるべきたくさんの出来事を犠牲にしない限り、ロカ岬に行くことはできない。果たしてそれは楽しい旅なのだろうか。

結論はすぐに出た。
全体としての完全性より、町・人・酒といった旅の過程で出会うそれぞれの文化を大切にするべきだ。それを捨ててロカ岬に辿り着くことには何の意味もないし、何の価値もない。

僕は「ユーラシア大陸横断」を達成しなかった。完全さを放棄したからだ。
しかしそこには全く悔いはない。
旅行に行ってきたことを友人に報告すると、「どこに行ったの?」と問われる。そんなときに「ユーラシア大陸を制覇したよ」なんて言うと「スゴイね」と驚いてくれるとは思うが、旅のプロセスを一つひとつ大切にしたことで、一杯のビールさえ「ユーラシア大陸横断」よりも「スゴイ」経験になることを知った。

そのビールを何杯飲んだことだろう。

◆とは言っても、メルマガのタイトルはあえて変更しません。
◆「深夜特急」(沢木耕太郎著、新潮社)

 

 

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