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ユーラシア大陸横断(酒の旅)
NASTAROVIA!
軽く一杯
ひどい頭痛。
身体もだるく、魂が抜け出て、自分の身体の中にないような感覚。身体がアルコールに完全に支配されている。
明らかに二日酔いの僕を、友人のPawelがホテルから引きずり出した。彼も寝不足気味だが、しんどそうな顔をしながらも車を走らせ、僕を王宮まで連れてくれた。前日、酔っ払った彼は僕に約束をした。「明日、ワルシャワで一番素晴らしいところに連れて行ってやる!」
その約束を果たしてくれた。少々しんどいが、せっかくの好意を受けようではないか。そう思って彼に従った。王宮を案内してもらうつもりだった。歴史から文化までいろいろ聞いてやろう。
しかし、門の前まで来て、彼は言った。
「これから会社に行かなきゃならないから、見終わったら電話して」
「えっ?一緒に見ないの???」
拍子抜けだった。と、同時にとても驚いた。一緒に見学できないのは仕方がない。でも、ポーランド人が休日出勤をするなんて。。日本人が仕事中毒であるという噂はこの国でもよく知られており、前の日、あるポーランド人からそのことを指摘された。そんなこの国で二日目に、仕事中毒の人間に会うとは。。
止むを得ず王宮を一人で見学した後、再び彼に会い、聞いてみた。
「土曜日に働くなんて、お前こそ仕事の虫だな」
すると、次の瞬間、彼の口から信じれらない言葉が発せられた。
「昨日はランチを食べた後、思わず飲み始めたからな。昨日の分をとりかえさなければいけなかったんだ・・・」
休日出勤の理由。それは勤務時間中に酒を飲んだことであった。
僕がワルシャワに着いたのは前日の午後6時過ぎ。「疲れてるか」と聞かれ、少しは疲労があったが、「軽く一杯」だけ飲もうと言う話になった。その後、彼の友人がどこからともなく集まり、その数は8人に達した。ビールを浴びるように飲み、ワインのボトルを1ダース以上空にし、ウォッカを幾度となく飲み干した。三軒目のバーを出て、仕上げのドネルケバブを全員でほおばったとき、時間はすでに午前3時を回っていた。
「軽く一杯」で8時間飲み続けた。勤務中から飲み始めていた友人とその同僚は、15時間以上飲み続けたようだ。
恐るべし、ポーランド人。「軽く一杯」でここまで飲むのか。
しかし、この「軽く」というのが彼らにとっては本当に「軽い」ものであるということに、その後数日間でイヤというほど思い知らされる。
Nastarovia!
ポーランド二日目。
初日の酒がようやくぬけた頃、僕らは屋外の雰囲気のいいバーに座った。
今日は日本からもう一人のゲストが到着する。 Pawelを僕に紹介してくれた男だ。この男とは日本にいるときにもよく飲んでいる。二人で飲みに行くと、まず、ビールをピッチャーで二つ頼む。その後ピッチャーをお代わりし、ワインまたはサングリアをデカンタで一つずつ。そして帰り際にテキーラを数杯。これがいつもの僕らのやり方だ。
ポーランド人が酒に強いという話は以前からよく聞いていた。今回、僕がヨーロッパを中心に旅することが決まったとき、その男は Pawelを紹介してくれただけでなく、会社を休んでワルシャワに飛んできた。
そして僕らは誓った。
「ポーランドに飲み勝とうぜ!」
そのバーには日本から来た僕らを歓迎するために Pawelの友人を中心として約20名が集まっていた。木のテーブルを囲み、英語とポーランドで会話する。
とは言っても、ポーランド語で知っている単語はただ一つ、「 Nastarovia! 」のみである。英語とジェスチャーでなんとか意思の疎通を図るが、英語を話さない人と話をしていると、どうしても深くまで踏み込めない。そこで、最終兵器のポーランド語、「Nastarovia!」を誰からともなく叫ぶことになる。
「Nastarovia!」。ポーランド語で乾杯を意味する。聞くところによると、「健康を祈って…」というような意味合いがあるらしいが、ウォッカのように強い酒ではどう考えても不健康だ。しかし、その日知り合ったポーランドの友人たちは、僕らの健康と旅の安全を過剰なほど祝ってくれた。
バーで演奏されている音楽も僕らの気分を高揚させ、酒がどんどん体内に流れこむ。バルト三国と東欧には夏季はたくさんの屋外バーがあり、それぞれの店が専属の演奏者を抱えている。どのような演奏者を雇うかが店の売上を左右しているようで、同じビールを売っていても、音楽の質によって、客の入りが大きく違う。超満員のところもあれば、一人も客の入っていないバーもある。
このような環境があるため、音楽に従事する人が演奏によってお金を稼ぐことができる。もちろん、仕事がなく止むを得ず道端で楽器を演奏するような人もおり、友人の一人はそれこそがヨーロッパの問題だ、と嘆いていた。しかしこうした場所があるからこそ人々が楽しみながら酒を飲み、かつ、音楽を生業としていくことが出来る。芸術を発達させる土台があるのだな、と思った。
そんなことを考えているうちに、あっという間に日付が変わっていた。舞台は Pawelの家に移された。酒の摂取量はとっくに限界を超えている。あらゆる棚からあらゆる種類の酒が出てきた。ボリュームを最大にしたスピーカーのリズムに合せて、千鳥足でステップを踏む。記憶は半分以上飛んでしまったが、割れるほどに強くグラスをぶつけるときの鈍い音と「Nastarovia!」の掛け声だけは、鮮明に頭に残っている。。
翌日、日本人2名は死んでいた。
さすがのポーランド人も翌日はダウンしていた。
しかし、彼らの回復は異常なまでに早かった。
次の晩、あのすさまじいパーティに朝まで参加していた数名が、僕らを鯉料理の店に誘ってくれた。何か飲むか?との問いに、「とりあえずビール」と答えた。一旦闘いを挑んだ以上、それ以外の答えはなかった。それがサムライスピリットだった(おいおい、いつからサムライになったんだ)。
幸運にも(!)、その店にはビールがなかった。 Pawelの報告によると、
「ごめん、この店にはビールを売るライセンスがないらしい」
ホッとした。そしてホッとしたついでに強がりを言ってみた。
「なんだよ。ビールないのか。じゃ、飲み物は何でもいいよ。仕方がねぇな」
約1分後。
カウンターから彼らが飲み物を持って戻ってきた。ボトルには”VODKA”と書かれていた。どうしてビールを売る資格のない店がウォッカを出せるのか理解できなかった。信じられなかった。
ポーランドのうわばみたちはその日も次々とグラスを空けた。僕は必死に従った。ボトルが空になる度に、ウォッカの度数は上がっていった。
65°のウォッカが胃に到達した瞬間、日本代表は脆くも崩れ去った。ポーランド代表は、翌日、何もなかったかのように、また僕らを迎えに来てくれた。
完敗だった。
◆2002年ワールドカップにポーランドの本選出場が決まっています。
同時開催で行われる「ワールド・アルコール・カップ」に、上述のポーランド人が来日いたしますので、我こそは、という方は立候補してください。
◆先日、ブックオフにてこんな本を見つけました(まだ読んでいませんが)。
「ウォッカにさそわれて―ロシア・ポーランド取材の旅」(同時代社)
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