ユーラシア大陸横断(酒の旅)
NASTAROVIA

旅立ち

4月8日、午前4時。
赤坂プリンスホテルのスィートルームで三蛇酒を飲んでいた。周囲には力尽きて、そして酔いつぶれて眠っている人が20数名。飲み始めてから15時間が経ち、参加者は総勢100名を超えたが、飲みつづけているのは2名のみだ。
コロンビアから来日したばかりのマウリシオは、前日から続いているパーティに大満足な様子で、ボトルに入った蛇を眺めながら、喜びを語ってくれた。そして僕自身は、パーティの成功により得られた満足感に浸るとともに、その日に出会った人たちから受けた刺激に興奮していた。

僕はいままで数え切れないぐらいの数の飲み会を主催した。いろいろな人に出会い、その状況を楽しんだ。そうした喜びが積もり積もったためであろうか。マウリシオと10回目の乾杯をしたその瞬間、僕は思わず大きな声で笑い始めた。自分が幸福の絶頂にいるんだと感じた。

「そろそろ行けよ」
朝日の昇る頃、背中から誰かがそっと囁いたような気がした。そして、いつの間にか眠りに落ちていた。
ふと目を覚ましたとき、心は決まっていた。
エネルギーの輸入に行こう。そして人生の楽しみ方をもっと学んでこよう。パーティを愛し、より一層パーティから愛されるために、酒とパーティの本場ヨーロッパに行かなければならない。

かくして旅立ちが決まった。

そのパーティとは?
代々木公園に始まり、赤坂プリンスホテル、和民、ロイヤルホスト、日比谷公園、コーヒーショップ、ガスパニックまではしごした壮絶な花見パーティ。のべ20ヶ国・100名以上のパーティアニマルたちが31時間吠えつづけた。

リサイクルワン 

旅立つことは決まった。
しかしその間、仕事を休まなくてはならない。

勤務先のCEOにすぐに相談した。いや、正確に言うと相談でなく通告であったのかもしれない。
「旅に出ることになった」
一瞬の沈黙の後、CEOは口を開いた。その一瞬のうちに彼の表情が驚きから微笑みに変化したことがとても印象的だった。
「お前はやっぱり旅人なんだね。期間は?帰った後はどうする?」
「そんなに長い旅をするつもりじゃない。2ヶ月位だ。帰国後に別に特別なプランがあるわけじゃない。でも、行かなきゃならない」
「そうか。まぁ一年に2ヶ月休みがある会社だと思えばいい。戻って来いよ」
「オーケー」

そのCEOとは大学時代に知り合った。旅を機縁として知り合うことになったのだが、旅に対する考え方について共通する部分が大きかったため、親しくなった。僕らはいつも、旅で得た経験をいかに活かすかについて議論していた。
旅は現実逃避のためにするのではない。旅と日常生活を繰り返すことによって、ときに自らを客観的に見つめなおし、自らの価値観を修正する。旅を終えると自分のしていること、したいことがはっきりしてくるというのが僕らの共通の認識だった。
また、彼が会社を設立した数ヵ月後に久しぶりの再会をしたとき、図らずも同じ経営者を尊敬していることが分かった。その経営者とはバージングループの創始者、リチャードブランソンである。初めて彼の自伝を読んだとき、仕事、会社、社員、顧客に対する彼の考え方に驚かされた。目から鱗が落ちるような感覚とはこういうことなのだろうと思った。
そして、そのCEOは自らの会社をブランソンの言う「ロックンロールカンパニー」のようにしていきたいという理想を語ってくれた。その理想に共感したことが、僕がその会社に参加するきっかけとなった。

「旅で得たエキスを、この会社にばらまいてくれ」
会社設立一周年の記念の日、CEOは飲み干したグラスを片手に、僕に新たなるミッションを与えた。
その乾杯までに仕事に一応の区切りをつけていた僕は、翌日、イラン航空にて北京へ飛んだ。

その会社とは?

僕とCEOの出会いの場

ヴァージン―僕は世界を変えてゆく(リチャードブランソン著)

 

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